にんにくガーリック

元気に小説を書きます。水曜日のお昼ごろ更新の予定。このブログの内容は、特別な記載がない限りフィクションです。

『危ないオバサン 2』

『危ないオバサン 2』

あらすじ
飯能軍の活躍により、全身弾力性のバウンディング・オバサンは撃破された。
しかしそれを皮切りに、新たなオバサンが目覚めてしまった。
毎月15日の埼玉デパートでは相変わらずバーゲンセールをしている。
その場に現れ、天空から見下ろすドラゴン・オバサンの能力とは──。


 美を極めた地に集うオバサンがいる。仙人
の言い伝えは受け継がれてきた。しかし美を
極めた地については誰も知らなかった。念の
ため受け継ぐ言い伝えをこの代で最後にしよ
う。そう決めたのが飯能駅職員・越谷の一等
星であった。

 ここ埼玉県飯能市は美しい地である。越谷
の一等星はここに移り住み、飯能駅が募集す
バウンディング・オバサン対策職員として
半生を戦い抜いた。

 それも明日で最後だ。川越駅へと異動が決
まった。聞くとオバサンと戦った経験が必要
らしい。書類をまとめ、引き継ぎ作業をして
から一週間がすぎた。最後の一日は飯能市
堪能することにした。

 飯能が誇る料亭・山の茶屋にて新鮮な鮎に
舌鼓をうち、窓から風景を眺めた。子供たち
だろうか、元気に水を掛け合う姿が見える。

 突然、彼らの動きが止まった。どこか遠く
に注目するように、同じ方向へ首を向けてい
た。

 越谷の一等星は胸騒ぎを感じ、飛び出して
目を向けた。
 太陽とは別に、輝く物体がふらりふらりと
舞っていた。地上を品定めするように、少し
ずつ移動していた。
 やがて輝きは縦に伸びていった。空の側へ
じっくりと。それは地上へ降りる準備のよう
に見えた。

 川越においても、朝から輝く空は注目の的
だった。駅職員たちによる観測の結果、これ
はドラゴン・オバサンであるとわかった。
 越谷の一等星は、朝のうちに川越市を見て
回っていた。言い伝えにあった、美を極めた
地を薄々と理解していた。

 ドラゴン・オバサンの咆哮と共に、川越市
が萎れていった。美を吸収しているのだ。こ
のまま繰り返せば美しさが二番目だった地が
繰り上がり、やがて世界は醜悪に包まれてし
まう。ドラゴン・オバサンの姿は川越市を離
れ南下していった。越谷の一等星にはその向
かう先の予感があった。
 次はおそらく飯能市──

 川越に異動したために、越谷の一等星は参
戦できず、焦燥があった。こうしている間に
も、美しい飯能市が襲われているかもしれな
い。心境を乱せば業務に支障がある。職員に
は故郷であっても、むしろ故郷だからこそ、
一切の情報が伝えられなかった。愛する飯能
市を守るための行動はできないのだ。

 三日目、このままでは耐えられないと判断
した。辞表を書き、上官の部屋を叩いた。
 言い出す前、先に上官の話があった。川越
市の空に再びドラゴン・オバサンが戻ってき
たのだ。

 三日間の出来事を察した。飯能市・そして
朝霞市の美を吸収し、再び川越市が美の頂点
に立ったのだろう。辞表を握りつぶした。越
谷の一等星は怒りに身を任せて、かっこいい
ポーズを全身で体現し、ドラゴン・オバサン
との交戦を始めた。
 これは現場の判断である。万が一があれば
その責任は自分だけにのしかかる。それでも
勝算があった。ドラゴン・オバサンに関する
伝承と共に、ドラゴン武道の心得も受け継い
できた。

 髭を使った挑発。ドラゴン武道において髭
は位階を示す部位だ。中でも長い髭を自在に
操る高位僧は、他者の精神にも干渉するとい
う。ドラゴン・オバサンの視線が越谷の一等
星を捉えた。
 脚を一歩だけ踏み出し、二歩分の距離を移
動する。ドラゴン・オバサンもまた、高位の
技術で答えた。オバサンは第三の脚とも言え
る、尾を振るった。すなわち、一歩の動きに
三歩分の勢いで越谷の一等星に押し寄せたの
だ。

 拳の一振りが赤く燃え上がり、オバサンの
尾を打ち返した。一等星の脚は白い雲を纏う
ことで、空中であろうとお構いなしに走り出
した。次の拳は炎が青になり、空の青と混ざ
り、不可視の一撃としてオバサンの腹を抉っ
た。ドラゴンとは言え、腹部は弱いものだ。

 しかしオバサンは倒れなかった。
 腹部が蠢き、拳を尾の方向に受け流したの
だ。一等星にはこの動きに見覚えがあった。
「腹足綱を取り込んだのか!?」
「ご名答。ジャンボタニシを知っているか?
あれは美味であったぞ」
 なんたる利敵、オバサンは食した物の能力
を吸収し、自分のものとして扱えるのだ。
「もちろん、貴殿の炎も美味であったぞ」
オバサンの手が青く揺らめいた。一等星でな
ければ気づきもしないだろう。はるか高温が
音速を超えた衝撃波と共に襲いかかった。

 越谷の一等星は右半身との別れを受け入れ
た。残る左半身があれば、心臓があれば、命
までは失わない。ドラゴン武道の心得のおか
げであった。口元が緩んだ。
「諦観か。諦めが悪いのかとも思ったが、と
んだがっかり者だな」
「それは違うぞ。そろそろ効くだろう」
オバサンの右腕がさらに熱くなった。怒りに
燃え盛り、一等星へと向かう。この日で埼玉
川越市の最高気温は熊谷市を超えて更新し
た。

 その右腕は一等星に届かなかった。あまり
の高音に自身の身が溶けていったのだ。
「貴殿! まさか最初から──」
「そうさ。各地の美を吸収するお前が、能力
を吸収できないとは思えなかった」
「捨て身の一撃を吸収させる、か。自滅にな
るやもしれなかったのだぞ?」
ドラゴン・オバサンの身は溶け続けた。心臓
や首の溶解を遅らせるだけで精一杯だった。
「そうなれば、お前と共に心中するだけの話
だ。どちらにしても、越谷市は守れる」
「すさまじい郷土愛──。最期に貴殿と拳を
交えたこと、誇りに思うぞ」
返事を聞く前に耳まで溶けてしまい、そこに
は二つの眼球だけが残った。
「敵であっても葬いはする。流儀だ」
越谷の一等星は眼球を持ち、飯能市に広がる
大霊園へと舞い降りた。

 ドラゴン・オバサンは斃れ、世界の平和は
守られた。越谷の一等星が武術を受け継いで
いなければ、埼玉県だけでとどまらず、東京
練馬区島根県松江市も被害を受けていた
だろう。入院していた一等星も順調に快方へ
向かっていた。右脚なら再生しつつあるが、
右腕は戻らないだろう、とは医師の診断だ。

 退院を待っていた表彰式を、そして飯能市
の大霊園を、静かに遠くから見つめる新たな
存在、ガンリキ・オバサンは、福井県鯖江
に佇んでいた。