にんにくガーリック

元気に小説を書きます。水曜日のお昼ごろ更新の予定。このブログの内容は、特別な記載がない限りフィクションです。

アイドルとトイレの関係

  人口の集中により、トイレの数、そして流す水が足りない。
連日あらゆるトイレの行列は途切れず、並びながらできる仕事はデキるビジネスマンの条件とも言われる。
各地の水道管は悲鳴をあげ、ついには汲み取り式トイレが水洗式を上回る勢力となった。
時はまさに大肛開時代。行列と悪臭のストレスと闘う癒しを求め、人々はアイドルを眺め、応援し、そして目指す。
大会場のアイドル。会いに行けるアイドル。あなたの隣のアイドル。
やがてアイドルが職業より特徴と見られるほどに浸透した今、トイレ問題は急速に改善していた。


「アイドルはうんちをしない?」
素っ頓狂な声。彼、吉平幸衛門(よしだいら・ゆきえもん)は全く突拍子がないと、さらなる説明を求めた。
「エリート校の新卒くんには意外かもしれんが、私が中学生の頃にはそういう噂があったんだよ。もちろん当時から誰も、真実などと思っていなかったが、技術の進歩はめざましいからね。実用化に向けて実験していても不思議ではあるまい」
長く白い髭をいじりながら続ける。
「吉平くん、試しに目指してみようとは思わんかね。
もちろん手当は弾もう。優れた社員は、会社としても名誉だからな」
「しかし、どうやって」
「トレーナーとのコネがある。歌って踊ってファンを獲得してくれ。今はステージを使わない、隣にいるアイドルなんてのも流行りだ」
「えー、けど最初の仕事ってことですもんね。
わかりました。やってみます」
「それはありがたい。早速、話を通しておこう。資料はこれ、読んでおいてくれ」
A4のコピー用紙に印刷された簡単な心構えと、トレーナーの名前や住所。
読み終える頃に再び声がかかる。
「吉平くん、今日の昼2時にここだ。
本当にうんちをしないのか、わかったらこっそり教えてな」
メモ帳とタクシー代を受け取り、社屋を後にした。

 屋内運動場。
着替えて入り口に向かうと、1人の男が待っている。
近寄る前に彼の方から歩み寄り、話し始めた。
「初めまして。僕がコーチを担当する、佐藤祐也(さとう・ゆうや)。よろしく」
「吉平幸衛門です」
「とりあえず最初に、方針を決めるメニュー、
これを試しにやってみて。どのくらいできるかで見通しをつけるので」
簡潔に書いた用紙を見せる。
ラミネート加工をしていて、何人もが使っていた様子だ。

片脚を水平に上げる。そして膝から先を垂直に、反対の腕を前に出す。
片方の脚を垂直に、もう片方と上半身を水平に。
「いいねぇ」小さな呟き。
側転。反復横跳び。
ひと通り動き終えると、拍手で迎えられた。
「思った以上に筋がいいね。スポーツの経験でも?」
「高校と大学で、テニスをしてましたね」
「へえ、道理で。それじゃあ来週にも初ステージ、行けるかな」
「ステージ!? そんな急に‥‥。それに現代アイドルに舞台は必須じゃないって」
「まあ、まあ、落ち着いて。必須じゃないのはその通り。けど向き不向きがあるからさ、吉平くんにはステージが似合いそうと思ってね。カリスマを人々に魅せておくれよ」
言いくるめられた気もする反面、身体を動かすのは楽しい。
歌と振り付けを決め、練習に励んだ。
アイドルが増えるにつれて歌詞と振り付けの幅を出すため、
パターンから選ぶだけで新しい歌と踊りになる組み合わせが、
全人類が選んでも300年は尽きないほど蓄えられたのだ。

 初舞台は大成功と呼べるほどとなった。
公会堂の前を通る人々が足を止め、気づいた時には客席以外には誰も見えないほどの大群となり、予想もなかった歓声に包まれる。
舞台裏で待っていた佐藤もすっかり男泣きだ。
車に乗ってもまだ冷めやらぬ来客に手を振り、公会堂を後にした。

 車で事務所に戻ると、便意。そして同時に疑問が出た。
本当にアイドルはうんちをしないのか?
ここまでの成果から、徐々にしなくなっていくのではない。
何かきっかけから突然か、そうでなければホラ話か。
佐藤がダンボール箱を抱えて部屋に入る。
道や机の上をあけて手伝いながら、疑問を投げかける。
「ちょうどその話をしようと思ってね。こいつを‥‥おっと失礼、電話だ」
佐藤は机に荷物を置き、バルコニーで電話を受ける。
ダンボール箱の蓋を開け、中を覗くと同時に息を飲んだ。気づいてしまったのだ。
アイドルはうんちをしないんじゃなく、本当は_________!
_______、______!
____、________。
________。
__! ___! __‥‥。
___。


 朝のニュース番組。
各局ごとに専属アイドルの挨拶コーナーが設けられ、
ビジネスマンを励ます言葉を投げかける。朝の日常だ。
「おーっはーぁ! ゆきえもんだよーぉ!
今日も元気にー、行ってみよーぅ!」
自分の声を聴きながら、自分の手足から感覚を受け取る。
今の朝の日常だ。
これが今の、朝の日常なんだ。
自分のレッスンの時間だ。
自分の笑顔を鏡で見る。
自分のメニューをこなす。
自分の身体を休める。
自分の好きな食べ物を選ぶ。