にんにくガーリック

元気に小説を書きます。水曜日のお昼ごろ更新の予定。このブログの内容は、特別な記載がない限りフィクションです。

『恐怖!猿を落とす木!』

『恐怖!猿を落とす木!』

 ここ数週間で聞くようになったニュースが
ある。猿が現れ、通行人を襲うらしい。特に
子供と女性を狙うようで、武器を持つなどの
対策を怠らないように。
 一体どこから現れたのか。いままで猿がい
なかった地域に、誰かが持ち込んだのか。

 学校では怪談が囁かれていた。裏山の中腹
にある広場を囲む木々が不自然な萎れかたを
している。そしてその中心に聳える木が猿を
落とすのだという。

 頭がおかしいと一蹴するには揃いすぎてい
た。知名度こそ低いが、その木々のことを知
るものがいる。それが父だ。例年なら果実が
目立つ時期なのに、今年は乱雑にもぎ取られ
ているという。

 父は数少ない木こりであった。同業者はも
う一人しかおらず、その一人・本田祐介とも
仲良くしている。父は一人っ子である。夕食
を共にした席で叔父のように慕っていると言
ったら、兄弟がいたらこうなんだなと笑顔で
あった。それ以来、二人の仲はますます近づ
いていった。

 猿を落とす木の噂には二人とも辟易してい
た。植物から動物が産まれるなど、あまりに
おかしい話だ。仮に本当だったら、既にこの
目で確認しているはずだ。
 この噂の苛立つ点は、夜の山での話という
部分だ。山に詳しいプロだからこそ、夜の山
は危険と知り、決して近寄らない。それを利
用したくだらない噂だと考えた。

 学校で目立つグループにも父を知られてい
たらしく、確認してもらってほしいと頼まれ
た。もちろん断った。山の恐ろしさをよく聞
いているので、登ったことがなくとも危険と
思った。
「お前の父ちゃん、意気地なし!」
知識が乏しい故の蛮勇を根拠にした罵倒は父
の耳にも届いた。父だけであれば浅い考えだ
と追い返して終わっただろう。しかし父から
すれば、意気地なしの息子呼ばわりが堪らな
かったのだ。

 危険を減らすため、二人で協力し、一夜の
キャンプが決まった。万全の準備をし、決め
た場所から動かなければ、ある程度の安全は
確保できる。記録用品と、万が一のための武
器を持ち、携帯電話の特殊機能で常に場所を
把握できる準備をした。

 テントを構え、夜になった。鳥と虫たちの
鳴き声のおかげで退屈ではなかった。どの声
が何の動物かを語り合い、知らなかった動物
の知識も分け合っていった。

 鳴き声が一斉に潜み、音が聞こえた。噂の
木からだ。時刻は丑、不気味さを強く掻き立
てた。

 件の木が震えた。果実が落ちたと思った。
しかし下にあったものは果実ほど小さくも、
整ってもいない。
 猿だ。猿が落ちたのだ。

「カメラはどうだ」
潜めた声をさらに抑えた。それでも動揺から
大声になってしまいそうだった。
「撮れているさ。写真も撮っておくと連絡し
てくれ」
電話を取り出し.メールを送った。時刻は三
時二十分ごろ、件の木から猿が落ちてきた。

 この様子を背後から覗く人影があった。振
り返ると、人よりも野生的な顔が、歯を見せ
て笑っていた。
 落ちてきた猿だ。間近に見ると、遠くの猿
とは異なる姿に見えた。
 別の猿もやってきた。今度は素人目にも違
いがわかった。特定の猿ではなく、複数の霊
長目が落ちている。目を凝らすとその中には
ヒト科もあった。

「おい、気づいたか」
「何がだ」
「あのヒト、ホモ属サピエンスじゃないな」
「小柄には見えるが」
クロマニョン人とかネアンデルタール人
かの中に、サピエンスより小さいのがあった
はずだ。発見例は少ないが、貴重なのが目の
前にある」
「おい、まさか祐介」
「もちろん、連れ帰れば貴重な資料になる上
にお金もガッポガッポだ」
「やめとけ、そんな地に足のつかない」
「いや、俺は行くぞ」

無視して茂みをかきわけ飛び込んでいった。
「どうしちまったんだよ、普段ならこんなこ
と止める側じゃないか」
悪態を吐くが飛び出した祐介は止まらない。

「どうした? 俺たちの他に誰かいるのか」
振り返った。さっき進んで行ったはずの祐介
がそこにいた。じゃあ、目の前を歩くのは?
 背筋が凍った。同じ姿の人間が二人、そし
て目の前には猿を落とす木がある。ひとつの
結論に思い至った。同じ顔の人間も落ちてく
るなら、入れかわっても気づかない。

 悪い考えを現実にする光景があった。
 猿たちに囲まれていた。姿勢が低く、今に
も飛びかかってきそうな構えでじりじりと間
隔が縮んでゆく。
 その後ろには姿勢が高く、道具を使うヒト
が構えていた。前肢を使わず歩行して物を投
げる、ヒトの特徴を活かしていた。周囲には
多数の石に加え、小型の猿が無尽蔵に落ちて
自ら集結する。さながら原始の機関銃だ。
 にじり寄るヒトの顔がついに見えた。
 囲む側に立つその顔は、囲まれた自分たち
と瓜二つだった。

 無念にも二人の命はここまでとなった。
 翌朝の町内新聞にひとつの記事が載った。 
 山にて噂を確認していた二人が下山した。
記録のすべてを公開した。特に何も起こらな
かったビデオ、虫の声ばかりの録音機、草臥
儲けの二人。
 何もなかった記録があっても、誰かが噂を
流し続ける。
 不思議な広場の木の下で、運命の人と出会
える、と。

 この町での今後の出来事はまた別のお話。
 皆様が木の下にいるときは、猿が落ちてこ
ないことを確認してくださいね。

『危ないオバサン 2』

『危ないオバサン 2』

あらすじ
飯能軍の活躍により、全身弾力性のバウンディング・オバサンは撃破された。
しかしそれを皮切りに、新たなオバサンが目覚めてしまった。
毎月15日の埼玉デパートでは相変わらずバーゲンセールをしている。
その場に現れ、天空から見下ろすドラゴン・オバサンの能力とは──。


 美を極めた地に集うオバサンがいる。仙人
の言い伝えは受け継がれてきた。しかし美を
極めた地については誰も知らなかった。念の
ため受け継ぐ言い伝えをこの代で最後にしよ
う。そう決めたのが飯能駅職員・越谷の一等
星であった。

 ここ埼玉県飯能市は美しい地である。越谷
の一等星はここに移り住み、飯能駅が募集す
バウンディング・オバサン対策職員として
半生を戦い抜いた。

 それも明日で最後だ。川越駅へと異動が決
まった。聞くとオバサンと戦った経験が必要
らしい。書類をまとめ、引き継ぎ作業をして
から一週間がすぎた。最後の一日は飯能市
堪能することにした。

 飯能が誇る料亭・山の茶屋にて新鮮な鮎に
舌鼓をうち、窓から風景を眺めた。子供たち
だろうか、元気に水を掛け合う姿が見える。

 突然、彼らの動きが止まった。どこか遠く
に注目するように、同じ方向へ首を向けてい
た。

 越谷の一等星は胸騒ぎを感じ、飛び出して
目を向けた。
 太陽とは別に、輝く物体がふらりふらりと
舞っていた。地上を品定めするように、少し
ずつ移動していた。
 やがて輝きは縦に伸びていった。空の側へ
じっくりと。それは地上へ降りる準備のよう
に見えた。

 川越においても、朝から輝く空は注目の的
だった。駅職員たちによる観測の結果、これ
はドラゴン・オバサンであるとわかった。
 越谷の一等星は、朝のうちに川越市を見て
回っていた。言い伝えにあった、美を極めた
地を薄々と理解していた。

 ドラゴン・オバサンの咆哮と共に、川越市
が萎れていった。美を吸収しているのだ。こ
のまま繰り返せば美しさが二番目だった地が
繰り上がり、やがて世界は醜悪に包まれてし
まう。ドラゴン・オバサンの姿は川越市を離
れ南下していった。越谷の一等星にはその向
かう先の予感があった。
 次はおそらく飯能市──

 川越に異動したために、越谷の一等星は参
戦できず、焦燥があった。こうしている間に
も、美しい飯能市が襲われているかもしれな
い。心境を乱せば業務に支障がある。職員に
は故郷であっても、むしろ故郷だからこそ、
一切の情報が伝えられなかった。愛する飯能
市を守るための行動はできないのだ。

 三日目、このままでは耐えられないと判断
した。辞表を書き、上官の部屋を叩いた。
 言い出す前、先に上官の話があった。川越
市の空に再びドラゴン・オバサンが戻ってき
たのだ。

 三日間の出来事を察した。飯能市・そして
朝霞市の美を吸収し、再び川越市が美の頂点
に立ったのだろう。辞表を握りつぶした。越
谷の一等星は怒りに身を任せて、かっこいい
ポーズを全身で体現し、ドラゴン・オバサン
との交戦を始めた。
 これは現場の判断である。万が一があれば
その責任は自分だけにのしかかる。それでも
勝算があった。ドラゴン・オバサンに関する
伝承と共に、ドラゴン武道の心得も受け継い
できた。

 髭を使った挑発。ドラゴン武道において髭
は位階を示す部位だ。中でも長い髭を自在に
操る高位僧は、他者の精神にも干渉するとい
う。ドラゴン・オバサンの視線が越谷の一等
星を捉えた。
 脚を一歩だけ踏み出し、二歩分の距離を移
動する。ドラゴン・オバサンもまた、高位の
技術で答えた。オバサンは第三の脚とも言え
る、尾を振るった。すなわち、一歩の動きに
三歩分の勢いで越谷の一等星に押し寄せたの
だ。

 拳の一振りが赤く燃え上がり、オバサンの
尾を打ち返した。一等星の脚は白い雲を纏う
ことで、空中であろうとお構いなしに走り出
した。次の拳は炎が青になり、空の青と混ざ
り、不可視の一撃としてオバサンの腹を抉っ
た。ドラゴンとは言え、腹部は弱いものだ。

 しかしオバサンは倒れなかった。
 腹部が蠢き、拳を尾の方向に受け流したの
だ。一等星にはこの動きに見覚えがあった。
「腹足綱を取り込んだのか!?」
「ご名答。ジャンボタニシを知っているか?
あれは美味であったぞ」
 なんたる利敵、オバサンは食した物の能力
を吸収し、自分のものとして扱えるのだ。
「もちろん、貴殿の炎も美味であったぞ」
オバサンの手が青く揺らめいた。一等星でな
ければ気づきもしないだろう。はるか高温が
音速を超えた衝撃波と共に襲いかかった。

 越谷の一等星は右半身との別れを受け入れ
た。残る左半身があれば、心臓があれば、命
までは失わない。ドラゴン武道の心得のおか
げであった。口元が緩んだ。
「諦観か。諦めが悪いのかとも思ったが、と
んだがっかり者だな」
「それは違うぞ。そろそろ効くだろう」
オバサンの右腕がさらに熱くなった。怒りに
燃え盛り、一等星へと向かう。この日で埼玉
川越市の最高気温は熊谷市を超えて更新し
た。

 その右腕は一等星に届かなかった。あまり
の高音に自身の身が溶けていったのだ。
「貴殿! まさか最初から──」
「そうさ。各地の美を吸収するお前が、能力
を吸収できないとは思えなかった」
「捨て身の一撃を吸収させる、か。自滅にな
るやもしれなかったのだぞ?」
ドラゴン・オバサンの身は溶け続けた。心臓
や首の溶解を遅らせるだけで精一杯だった。
「そうなれば、お前と共に心中するだけの話
だ。どちらにしても、越谷市は守れる」
「すさまじい郷土愛──。最期に貴殿と拳を
交えたこと、誇りに思うぞ」
返事を聞く前に耳まで溶けてしまい、そこに
は二つの眼球だけが残った。
「敵であっても葬いはする。流儀だ」
越谷の一等星は眼球を持ち、飯能市に広がる
大霊園へと舞い降りた。

 ドラゴン・オバサンは斃れ、世界の平和は
守られた。越谷の一等星が武術を受け継いで
いなければ、埼玉県だけでとどまらず、東京
練馬区島根県松江市も被害を受けていた
だろう。入院していた一等星も順調に快方へ
向かっていた。右脚なら再生しつつあるが、
右腕は戻らないだろう、とは医師の診断だ。

 退院を待っていた表彰式を、そして飯能市
の大霊園を、静かに遠くから見つめる新たな
存在、ガンリキ・オバサンは、福井県鯖江
に佇んでいた。