にんにくガーリック

元気に小説を書きます。金曜日のお昼ごろ更新の予定。このブログの内容は、特別な記載がない限りフィクションです。

『イニストラードを覆う百合の隆盛 3』

『イニストラードを覆う百合の隆盛 3』


f:id:key37me:20181116122630j:image
 潮風に煽られ買ったばかりのストールが飛
ばされた。海にほど近い道からうっかり落ち
れば拾う術はない。この身では浸透圧に耐え
られないのだ。草の茂る土から離れ、慣れな
い岩肌を踏みしめた。幸いにも小岩の窪みに
引っかかったので取りに戻ることにできた。

 どこか懐かしい匂いが鼻をくすぐった。
 地が鳴り、海が猛る。地元の漁師は海から
離れるよう喧伝した。恐ろしいものが近づい
てくる確信めいた胸騒ぎを抱えていた。

 普段は近寄ることのない岩場なのに、褥の
ように穏やかな気配を感じた。遠い昔の記憶
を呼び起こすような昂揚があった。地鳴りが
収まるかと思うとにまた突き上げられる衝撃
を凌ぐため、小岩の窪みで身体を支えた。そ
れでも海に落ちてしまいそうだ。気づいても
移動するほうが危険に思えた。
 やがて海が割れ、巨大なタコが現れた。海
の精霊とでも言うべき神々しい姿。大いなる
古の深海鬼その人である。海から浜へ、そし
て岩場へと乗り上げた。その眼孔は一直線に
小岩を捉えていた。窪みから身を出した所で
目線が交差した。

 地に乗り上げた滑る触手は艶かしい輝きを
見せ、しなやかな曲線と整った吸盤が極めて
女性的な魅力を放っている。見惚れるままに
身を進めた。地鳴りはすでに収まり、不安ご
とはなくなっていた。まず必要なのは挨拶で
あるが、どんな挨拶がいいか戸惑った。言葉
が通じるかどうかも博打となる。切り出して
から考えることにした。

 たどたどしく挨拶を交わした。異種間の挨
拶をしたのは初めてだった。これまでは喰ら
うか喰らわれるかの関係しか知らなかったの
に、初めてどちらでもないと思える相手と出
会ったのだ。もちろん根拠はなく、不思議な
確信を根拠にした。もしも間違いならば、そ
の時は喰われて死ぬだけの話だ。

 沈黙が流れた。深海鬼は想像もつかないほ
どの歳上である。何か気を引く言葉を言いた
いが、変に考えるよりも率直な言葉がいいと
思った。綱渡りをしかも連続するのは自分で
も信じられないことだ。胸中で自嘲した。

「君に惚れた。共に歩もうぞ」
「そう」

 あまりに薄い反応に失敗したと思った。続
く言葉を浮かべる前に返してほしいと思った
が、再び沈黙に戻ってしまった。表情から何
も読み取れず、たじろぐばかりだ。叩く大口
こそ甚だしいが、内心は臆病そのものであっ
た。

 立ち尽くすうちに、粘性の液体が身体中か
ら噴き出してきた。人間におけるアドレナリ
ンと同じ、感情の昂りに伴う生理現象だ。
 その身と眼前の触手を見比べ、足がかりを
得た。そうだ、これだ。

 自分と相手の違いは互いに興味を持てそう
だ。最も目立つ差異といえば、やはり身体の
形だった。甚だしい大口は細く短い触手があ
るのに対し、老いたる深海鬼は太く長い触手
を持っている。口の場所も正反対で、触手の
根元では使いにくいのではないかと思った。
「私よりも立派なその脚を、どんな使い方を
するか教えてほしいな」
 意を決した。求愛を向ける先を一点に集中
したのだ。最も魅力を感じたのは太く立派な
脚であった。自分と異なる部分に惹かれると
言われるので全く自然なことだ。
 深海鬼はこれを聞くと、品定めをするよう
に、舐め回すように視線を動かした。きっと
大丈夫だろう。脈打つ脚を使い立ち上がらり
真上から語りかけた。
「こんな使い方をしてもよいのだけど」
 大口の身体を地に強く押さえつけた。柔ら
かな身に小石の突端が刺さった。身動きのと
れない大口の身体を、深海鬼の余った触手の
四本が這い回った。
f:id:key37me:20181116091137j:image
 突然の、そして初めての感覚に悶えた。内
臓が悲鳴をあげるほどに押し潰され声が出な
かった。普段とは異なる趣の粘液が身体から
滲みだした。深海鬼の口元が緩んだ。
「思ったよりも積極的さんだね。勇気を持っ
て踏み出したんだね。えらいぞ」
 深海鬼の触手は知ってか知らずか、頭では
なく反対側を撫でた。深海鬼自身も興奮を隠
すつもりがなかった。大口が朝に喰らったも
のの残骸が逆流し、悪臭が周囲を包んだ。幸
いにも別の液体が多いおかげですぐに気にな
らなくなった。
 深海鬼はタコなので口の場所は触手の根元
である。必然ながら接吻をするならば触手で
口元を覆うことになる。甚だしい口が呼吸を
奪われて喘ぎ、深海鬼の汁で代替させようと
した。熱烈なアプローチに応え、お返しも受
け取ったので、さらに強く求めあった。

 甚だしい嬌声はまるで深海鬼を包囲してい
るように響いた。あちこちの木や岩にぶつか
り、深海鬼の元へ集中するのだ。それほどに
声を届けたい証左であった。深海鬼の巧技が
そう思わせた。マナを絞り出しているにもか
かわらず、別のところからマナが出ているよ
うだ。深海鬼にも心当たりがあった。お互い
に、一人のパートナーさえいれば土地はわず
かで充分なのだ。

 そろそろ限界も近い大口の制止を遮り深海
鬼の触手がのたうった。攻守は何度も入れ替
わり、両者とも、体力も精神力も共に限界が
間近だった。そして──。
 二人は同時に現出した。

 最高の時でも時は歩みを進めていた。
 引き潮の刻だ。この岬は鋭い岩肌と漂着物
が露わになり、それらの特殊な加工をされた
刃のせいで、いかに深海鬼と言えどもとても
通れなくなってしまう。

 陸の生き物と海の生き物が交わるには越え
るべきものがまだまだ多い。
 しかしこの二人なら、やがて越えられるだ
ろう。
「また次の機会も、この場所で会おうぞ」
「次の機会じゃない。八日後」
「──そうだったな、八日後」
 終わり方がよいと次の始まりもよい。二人
はきっと次も甘美な時間を過ごすだろう。
 銀の月が満面の笑顔で佇んでいた。
 f:id:key37me:20181116122630j:image

『危ないオバサン 3』

『危ないオバサン 3』

脈々と受け継いできた秘術により、見事ドラゴン・オバサンの撃退
に成功した。表彰式を行う埼玉県川越市から遠く離れた福井県鯖江
市にて、ガンリキ・オバサンがすべてを見ていた。かつてない遠距
離からの狙撃は場所の特定を困難とし、防衛職員を嘲笑う。絶体絶
命の中、オバサンを追い詰める切り札は意外なものであった──。


 志木の阿吽とふじみ野の阿吽は、駅員には
珍しい双子である。救急車の中で産まれたた
め、双子でありながら産まれた市が異なるの
だ。
 ふじみ野の阿吽は一般駅員として、埼玉県
を震撼させる凶悪犯罪を取り締まる。
 志木の阿吽は防衛職員として、航空機やオ
バサンから祖国を守る。
 二人は互いの死角を補い合い、数々の戦果
を見せてきた。その予兆は、ふじみ野の阿吽
を同僚にする者たち全員が気づいた。
 志木の阿吽がこの部屋を訪れたのだ。

「どうした、今日はこんな昼から」
「このところ、オバサンが落ち着いてて平和
なもんでな。他の部署とも連携しやすいよう
に交流しておこうって決まったんだ」
「なるほど、願ったりだな。こっちがさらに
面倒になったらやってられん」

 思い返すと初めてオバサンの脅威に晒され
た日から、志木の阿吽はそちらに出ずっぱり
だ。その間に新たに導入された装備を紹介す
るだけで昼休みが過ぎてしまった。同僚たち
はこの程度の融通は簡単だと笑いかけた。長
めの、話題のある程度が決まった昼休みにな
った。

 新しい事件について、ふじみ野の阿吽は噛
み砕いた説明をした。
 連続爆発事件が起こっている。もう七件目
である。
 その爆弾は破片も特定できない強力なもの
である。
 目撃者の証言も少なく、爆発の轟音と同時
に強い光がある程度だ。近くにいたものが助
かった例がないため、遠くから分かる範囲は
この程度だろう。
「まったく、訳がわからんよ。爆発した物ど
ころか、何が燃えたのかも記憶頼みだ。完全
に燃え尽きてるんだ」
 常識では考えられない事象に、志木の阿吽
は思うところがあった。これがオバサンによ
るものなら矛盾なく説明がつく。
 考えを打ち明けて、二人が新しく話を始め
ようとした。
 そのとき、天井が爆発した。
 この場所もオバサンに見られていたのだ。

 天井は破片も残らず消滅したため、瓦礫の
下敷きにはならずに済んだ。
 間一髪、緊急脱出装置が作動していた。横
方向に投げ出されて新しいジーンズが一気に
傷んだが、それだけで済んだ。
 すぐに飯能駅本部へと連絡した。
 オバサンの攻撃を受け、基地の天井が消滅
したこと。
 どこから攻撃を受けたかわからないこと。
 この連絡をする間にも二度の攻撃を受けた
こと。

 オバサンの所在地がわからない限り何も打
つ手がない。攻撃に怯えながら情報を集める
ことにした。常に情報を共有する体制を整え
たので、最悪でも情報を残せる。
 ふじみ野の阿吽は、あの連絡の後で攻撃が
めっきり止んでいたと気づいた。何か理由が
あるのか、それともただの気まぐれか。
 共有した情報によると、連絡の直後は本部
への攻撃に移っていた。同時に複数の場所へ
は攻撃できないのではないか。仮説と付け加
えて共有した。

 阿吽たちは少しずつ意見を出し合った。ど
の言葉の直後に攻撃が来るかを記録し、鍵を
割り出す作戦だ。

 一言ずつ間隔を開けていたので、ここに割
り込む音に気づいた。規則的に地下から金属
がぶつかるような音だ。

 床下から突き上げる気配を察知し、衝撃に
備えた。上からはオバサン、下からは正体不
明の存在。

 やがて床が破られた。ランプのついたヘル
メットが見えたので、少なくともオバサンで
はないようだ。しかしまだ胸をなでおろすに
は早い。職員たちが警戒する中、阿吽が口を
開いた。
「じいちゃん?」
「おお! その声は志木の阿吽だな! いい
ところに出たわい」
「なにやってんだよ、いきなり床を破って」
「いやー、新潟県知事が急に鎖国なんて時代
錯誤なことを言いおってな。そのせいで山形
県の新米つや姫が食べられなくて困ってたと
ころだわい」
 全身を地下から出し、床の上に座った。
「そいでなんとか、地下道を掘ってここまで
来たっちゅうわけじゃ。スコップを十四本も
駄目にされちまった。補充しとかんとな」

「それより二人とも、オバサンの情報を持っ
てきたぞ。名はガンリキ・オバサン。福井県
鯖江市から世界中を見通す視力を使い、韓流
ドラマを見たり、ライトノベルの表紙を破壊
したりしている」
「それじゃあ、福井県に行けば」
「いや、今は福井県を囲む石川県・新潟県
岐阜県滋賀県が悉く鎖国している。恐らく
ガンリキ・オバサンの裏で手を引く何者かが
いて、たどり着けないように鎖国をさせたん
だろう」
 新潟県四日市市の翁は大儀そうに立ち上が
った。
「まあ、案ずるな。山形県の知り合いに頼め
ばなんとかなるじゃろ。連れて行ってくれる
な」

 返事を待たず、出口へと歩いていった。

 志木の阿吽、ふじみ野の阿吽、そして新潟
四日市市の翁を加えた三人は山形の県境を
踏み越えた。翁の友人と合流する駅へ向かう
と、大きな鞄を抱えた一人の男性がベンチに
座っていた。
 歩み寄る三人に気づき、手を振った。
「やあ、久しぶり。お孫さんははじめまして
だね。僕は山形県エジソン

 彼は挨拶しながら鞄を開けた。中から出し
たのは銀色をした、ペットボトル工作のよう
な大きさの筒だ。披露したい気持ちが顔に出
ていた。相変わらずの機嫌のよさを翁が笑っ
た。

「新発明の地域破壊砲だ」
 朝刊の折込広告を取り出した。これによる
と小型軽量化に成功し、大量生産も可能とな
った。すでに二千台が売れているようで、イ
ンターネットの口コミサイトでも好評だ。
 一台の値段は二万五千円であり、武器とし
ては低コスト高火力のため県民総破壊兵器化
も可能となる。
 チラシの文章を読んでいる間に、早口での
裏話を語っていた。
 それでも疑問はあるので、ふじみ野の阿吽
が口を開いた。

「大丈夫なんですか、こんなものを使って」
「ええもちろん。これに耐えられるシェルタ
ーも作っていますから」
「ウチにも既に貰ったぞ。新潟大シェルター
より強いから平気だ!」

 志木の阿吽は慎重な性格である。それ故に
破壊兵器の運用にも慎重となっているのだ。

「つまりだな、巻き込んでしまっても構わ
ん!」

「太平洋プレートごと撃ち抜け!」

 光が放たれた。
 もちろん資源問題にも配慮して、石油によ
く似た性質の固体に変化している。回収すれ
ば再利用ができるのだ。


 新潟県四日市市の翁の自宅は無傷だが、他
の日本列島、その直線上にあった中国、イン
ド、エジプトまで壊滅した。

 もうひとつ残っている存在があった。
 オバサンだ。場所は福井県から離れている
ので、おそらく別の個体だろう。
 光の盾を構えるオバサンへ二発目の地域破
壊砲を向けたが、装填までの僅かな隙に、姿
が別の光に包まれて霧散した。

「これは‥‥!」
 山形県エジソンは目を輝かせて数々の機
械を操作した。キーボードを叩き、レバーを
上げた。
 阿吽と翁はその意味を察した。自分たちに
は想像もつかないような新しく貴重ななにか
があるのだろう。
 その作業を邪魔してはならない。その場に
書き置きを残して立ち去った。


 一週間後。
 山形県エジソンから解析結果が届いた。
 最後のオバサンは地域破壊砲の影響ではな
く、パラレルワールド・転移オバサンによる
干渉で別次元に退避されたのだという。当初
の想像した通り、敵はオバサンではなく、そ
の後ろで何らかの計画を巡らせている。
 確信と同時に、技術力のライバルが登場し
たことを喜んでもいた。
 これが意図しない形ではあるが、仮説の裏
付けとなった。
 そして異次元への転送ゲートを作り始めた
ので、開発資源を集めている。
 復興した各地と協力し、未開の地への探査
準備をはじめるのだった。

危ないオバサン 第一部 完