にんにくガーリック

元気に小説を書きます。水曜日のお昼ごろ更新の予定。このブログの内容は、特別な記載がない限りフィクションです。

『正義の海域フジツボシャーク』

『正義の海域フジツボシャーク』

 豪華客船への招待状を送った。もちろん本
命はこの中の1通だ。
 サークルで世話になったあの子と運命的に
ロマンチックな再会をする、これが果たすべ
き使命なのだ。
 表向きには姉の結婚式としている。しかし
そのついでに、同窓会も同じ海上でやってし
まおう。広さに対して呼びたい人が少ないと
勿体ない、もっともらしい理由をつけた。も
ちろんご祝儀も不要だ。
 果たしてこの文章で来てくれるだろうか。
何度も書いては書き直していた。

 招待された豪華客船に乗った。
思ったよりも揺れが少なく、快適であった。
同じサークルだっただけでこんな場所に招待
してくれるとは、やはりお金持ちはすごい。
 すぐに卒業してしまい話せなかった、遠藤
洋一も来ているらしい。話せたらいいな。
 期待に胸を膨らませていた。
「やあ姉ちゃん、船の調子はいいかい?」
 突然の声かけに驚いた。見知らぬ男性だ。
「甲板でワンパターンな風景を見るよりさ、
シャンパンを飲みながらパンパンしようよ」
 チンパンジーのような顔で迫るすけべボー
イに迫られるところ、財之内豊子が助けに来
た。
「どこのご家族の方か知りませんけど、他の
方を害するならば海に捨てても構わないので
すよ」
 圧倒的な気迫にたまらず、捨て台詞を残し
て立ち去るのを確認すると、豊子は優しく声
をかけた。
「大丈夫でした?」
「うん、ありがとう」
「よかった。ところで少し、一緒にお話でも
いかがかしら」
 その時だった。海を割り、浮かび上がる巨
大な三角形の頭が目の前に割り入った。
 サメだ。しかしただのサメではない。
 規則的にフジツボが並び、下半身はほとん
ど埋め尽くされている。フジツボは先住民の
近くに集まる習性があるので、おそらく何ら
かの人工的な作為があったのだろう。
 しかしその予想は間違いだった。フジツボ
から勢いよく放たれる水流によって巨体を浮
かべた。
 サメとフジツボは共生関係にあったのだ。
 まるで垂直離着陸する戦闘機のように、サ
メはふらふらと品定めするように飛び、突然
長い触手をセレブに打ち込んだ。巨体よりさ
らに長い触手は、見たところフジツボのペニ
スだ。本来は動かないフジツボが生殖のため
に使うが、サメと共生したことで、武器とし
て扱うことを覚えたのだろう。セレブのお腹
を貫いた。予想とは90°ほど異なる貫かれ方
をして、わずかばかりの尊厳は残った。
 尤も、命は残らなかったのだが。

 賑やかしとして呼ばれたと思ってたら大変
なことに巻き込まれた。
 階下での悶着をただ眺めるしかなかった遠
藤洋一の元に、サメが垂直に登ってきた。上
から見ていた印象と同じ、まるでVTOL戦闘機
ハリアーだ。
 意外にもサメは、洋一を睨みつけるだけで
傷つけずに海に戻った。
 どうやら何か狙いがあるようだ。

 騒ぎが拡大していた。大事にされて育った
セレブのお嬢様がただの餌として食い散らか
されては、貧乏人はさらに雑な扱いをされる
のだろう。船内はそのような論調で包まれて
いた。
 そんな中にひとり、サメへの興味を持ち研
究する者がいた。
彼の名は鈴林倫太郎。常人には理解しがたい
研究を重ね、様々な技術を開発している。
人々は知らずのうちに彼の技術で生活を守ら
れているのだ。
 特徴から体躯を超える長い触手の正体はフ
ジツボのペニスと断定した。これを元に情報
を探すと、ひとつの気になる結果を見つけた。
正義の海域フジツボシャーク。
この付近を通る船において、トラブルを起こ
した者ばかりが犠牲になるため、表面化しな
かった海域だ。
 密航した指名手配犯、鮮やかな泥棒、スパ
イとして雇われた者。
 もちろんその死体はサメの血肉となるため
誰も気づかなかったのだ。
 人混みをかき分け近寄る者がいた。
「じゃあお前、お嬢様が悪い奴だって言うの
かよ!」
 激昂したチンピラが現れた。
 すぐに窓からフジツボシャークの触手が飛
び込み、一飲みにしたため、特に反論の必要
がなかった。

 重い足取りで甲板を歩いていた。中に戻る
扉はどこにあるかわからなくなっていた。
 遠くに2人分の人影が見えた。
 片方は見知らぬ女性、もう片方は、
さっきのすけべボーイだ。
 どうやら彼女にも声をかけているようだ。
 女性は突然のことでびっくりしている。
 その時だった。
 海上に再びサメが浮かび上がった。また触
手で貫くつもりだ。勢いよく伸ばした。
 しかし危機一髪、すけべボーイはその初撃
を躱すと、拳銃を取り出しサメの顔に向けた。
 対するサメも銃口の先から急降下で逃れ、
すけべボーイの背後に回り込んだ。
 二度目の触手を見ないまま横に飛び、その
勢いで銃口を向けた先はすでに虚空。
 サメのフライングボディアタックに捉えら
れていた。頭が粉砕されてしまう。
 唯一の逃れる術、上体を後ろに大袈裟に逸
らして間一髪で回避した。すけべボーイはサ
メの習性を熟知しているようだ。
 しかしサメももう一味持っていた。
 サメの下半身のフジツボジェットの水圧が
すけべボーイの右脚を折っていたのだ。
 横たわったまま銃弾で足掻くが、左右への
急加速を捉えきることはなかった。
 脇腹から触手で貫き、口に放り込んだ。
 律儀にも甲板の血を洗い流し、再び海へと
帰っていった。

 まもなく正義の海域を抜け、日本の排他的
経済水域に戻る。
 フジツボシャークは決してこれを侵さずに
暮らしている。ここから先では魚を捕るのも
日本人だけだと理解しているのだ。
 つまりもしも沖ノ鳥島がなくなったらフジ
ツボシャークの活動圏も広がるのだ。一見す
ると小さな島だが、実は大きな意味がある。
 船からフジツボシャークに別れの挨拶をし
た。手を振る者、声を送る者。
 驚いたことに水芸で応えた。
 最後まで正義の海域であった。