にんにくガーリック

元気に小説を書きます。水曜日のお昼ごろ更新の予定。このブログの内容は、特別な記載がない限りフィクションです。

『隣の遠景見聞録』

『隣の遠景見聞録』

今回の主な登場人物
・タマエモンザブロウ:ねこ・男性
・月宮巳甘:ムカデ人間・女性
・森下結衣:グール・女性

 たまえ・1
 土を破り出づる白と茶に輝く毛並みが立ち上がった。
 スラリ長い四肢を獅子のごとく誇るその名はタマエモンザブロウ。
名家を離れ、飼い猫として人の世を渡り歩いてきた。
 直近の家はすでに空き家となっていた。
マイクロ波を受けたのは久しぶりだ。
その源のダチョウ人間などたやすく葬れるが、
普通の人間に見られていたので、殺されたふりをして身を隠すことを優先した。
しかし埋葬までされてしまっては、目立ってしまうので起きられなかったのだ。
 地中からも千切れていた左耳に目を預けて自律行動させ、
街中の変化を見続けていた。
怪我の功名というやつだ。
マイクロ波を発するムカデが集まる屋敷を見つけた。
 道を調べ、向かう準備を整えた。

 結衣・1
 この頃おばあちゃんが知らない人と仲良くしてる。
今まで歳の差がある人には気をつけろって言ってたのに、どうしたのだろう。
 特別な人かな。あの人みたいに。
 歌と踊りを確認する。
いくら確認し直しても落ち着くことはない。
次は学校ではなく一般会場なのだ。
初めてのことはやはり緊張する。
 家の中にアシダカグモのような姿を見た。毛並みが茶色で細い脚が見えたのだ。
物陰に隠れてしまったが、ネズミやゴキブリの餌は残っていないはずなので、やがて別の家に向かうだろう。
 とは言えど何度も見たくはないので、
一時的にでも家を離れたい。
その先に最適な場があった。
良い知らせを兼ねて、祖父母の屋敷へ行く。
 さして遠いわけでもないので、普段と同じ準備ですぐに向かった。

 巳甘・1
 懐かしい名前からの連絡があった。
森下夫人、かつてあてもなく彷徨っていた月宮巳甘を、保護し育ててくれた恩人だ。
巣立った後で世に送り出した物品を見て、
思うところがあったのだろう。
資料の詰まったトランクを持ち、
懐かしのお屋敷へと向かった。
 道中は巳甘が知るよりいくらか整備されているが、まだまだ田舎道の様相が残っていた。
それはムカデ人間にとってはありがたいものだ。
一般人間から見てまだ馴染みきらない姿でも安心して歩ける道がいまでは増えている。
この道はどこよりも落ち着く、特別な雰囲気であった。
 混ざっている知らない匂いに気づいた。
誰か新しい、ひょっとして巳甘と同じような者か。
 屋敷に着き、インターホンを押した。普段とは異なる匂いがいくらか薄れた。
どうやら何者かが嗅ぎ回っているようだ。
外来種の野生動物か、ニャンコちゃんか、候補を挙げつつも答えはなく、
警戒心を見せるのみにした。
 扉が開き、老年の女性が出迎えた。
「いらっしゃい、ご無沙汰ですね」

 たまえ・2
 耳からの報告通りの道を辿り、林の際にぽつんと構えた一軒家が見えてきた。
遠くからでも伝わる不穏な気配が漂っている。
屋敷の前にて様子を伺う。
ムカデが多く住み、そのどれもがマイクロ波を会得しているようだ。
秋口でありながら暖かな敷地は異様そのものだった。
 耳を単独行動させたためか、マイクロ波の影響か、背後に迫る、人ならざる気配に気づくことができなかった。

 結衣・2
 扉を開け、靴を置いた。
「おばあちゃん、来たよー!」
台所から返事をしないときは、居間に向かって駆ける。
何年も変わらぬ森下一家の礼義だ。
「じゃじゃーん! 猫ちゃんだよ。
玄関をじっと見つめてたから、抱っこしてきちゃった。
名前はタマエモンザブロウだって。」
 客人、ムカデ人間の姿を認めると、静かにした。
「お客さん、失礼しました」
「いえいえ、僕も元気なお嬢さんは好きですよ」
「こんにちは結衣ちゃん。こちらはムカデ人間の月宮巳甘さん。
昔少しだけ会ったことあるのよ」
結衣は幼稚園に上がると同時に引っ越したので、どんな人だったか思い出せない。
「まあ小さかったし、覚えてないでしょう。あともうひとつ」
ムカデ人間が近寄り耳打ちをした。
「グールの娘、いたずらっ子が狙ってるみたいだよ。くれぐれも警戒してね」
驚いた。正体を知られていた。
 ムカデ人間のことだから、きっと信用できるのだろう。
いたずらっ子が何者のことか、わからないまでも覚えておくことにした。
 台所から飲み物とつまみを取り、別の居間で休むことにした。
猫はどこからか、家の外に出ていた。

 巳甘・2
 森下夫人のご子息を見て、元気なようで暖かな心を抱えて帰路についた。
 玄関を出て門の前、ご子息が連れてきたのと同じ猫ちゃんが待っていた。
「君のその様子、僕にご用事かな?」
「そうだ。このごろムカデたちがマイクロ波を流しててな。とても眠れないのだ」
「そいつは一大事だ。わかった、よーく言っておくよ。困らせちゃってごめんね」
巳甘はいつになく険しい顔をした。
「念のため。普通のムカデでいいかな」
「そうだ。庭の石をどかせば出てくるような平凡ムカデがな、マイクロ波の出し方を覚えたようなのだ。特にこの屋敷に多く住んでいる」
ますます顔が険しくなる。
「そいつは、驚きだね。やがて僕にも不利益がある」
 連絡先を交換した。
「タマエモンザブロウくん、仲良くしようね」
「よろしくな」

タマエモンザブロウと月宮巳甘・出会いの巻 おわり