にんにくガーリック

元気に小説を書きます。水曜日のお昼ごろ更新の予定。このブログの内容は、特別な記載がない限りフィクションです。

『エスカレーターを歩いた奴は死刑』

エスカレーターを歩いた奴は死刑』

 コウサクはコールド・スリープから目覚めた。
予定通りの2037年、この時代ならば治療技術も確立しているだろう。
自力で氷山を降り、都市を探した。
恐竜が見当たらないためか、歩きやすい道のりだった。

 コウサクの目に飛び込んだ都市は、想像を超えた発展を見せていた。
2階や3階を超えた高層建築が並び、
土偶に似ているが見たことのない材質でできている。
こうなっては登るのが大変と思いきや、
動く階段で簡単に登れるようだった。
面妖な雰囲気を察知し、この時代の人が活用する技術に関心した。

 早速登ろうとしてみたその時、警報音が響いた。
どこからともなく現れた、個性の乏しい紺色の人々が、上と下に待ち構えている。
「そこゆく原始人! エスカレーター歩行罪で連行する!」
ただそれだけを言い終えると、盾を並べ、持ち運び式の牢屋に押し込めた。

 そのままコウサクは連れ去られ、
トラックに乗り、焼却炉にたどり着いた。
「待て、何をする気だ」
身に迫る危険を察知したコウサクは、疑問を投げかける。
「知らないのか? エスカレーター歩行罪の現行犯は直接死刑になるんだ」
作業服を整えながら言った。

「この時代はどうなってる!? 俺はコールド・スリープをしてきたんだ。安土桃山時代にそんなものはなかったぞ!」
その時、コウサクの内臓に衝撃が走った。
かつてと同じ呪術の匂いだ。
呪術は動力源ではなく、周囲を取り巻いていたのだ。

「冥土の土産に教えてやる。
エスカレーターを歩いた者が次々と倒れ、目覚めた後には異常な行動を起こしていくんだ。
放っておけば甚大な被害がある。
周囲にも、本人にもだ。自らの意思ではなく動くようなのだ。泣き叫びながら家族を殺害した者もいた。
彼らを収容施設に隔離したり、本人の同意ない安楽死では倫理的に問題がある。
そこでエスカレーター歩行罪が生まれたんだ。
その場で死刑にすれば誰も苦しまず、法的な問題も、倫理的な問題も解消できる。
どうだ、美しいだろう」

 コウサクは静かな怒りとともに言葉を選んだ。
国家呪術師の仕事は、呪術によるテロを察知し、
武装解除することだ。
「俺は国家呪術師だ。その奇病は呪術によるもので、エスカレーターを歩いた者に襲いかかる。
俺ならすぐに解除できる。どうか任せてくれないか?」

「いいだろう。国家呪術師とやらの力を見せてもらおう」
思いの外すんなりと受け入れられ、
コウサクは困惑した。

 焼却炉が近いのは幸いだった。
火種を集め、まじないを込める。
これを煙に乗せ、広く飛ばしていった。
「これでよし、1ヶ月もすれば全土の呪術が解除できるだろう」
コウサクは出口へと向かい、しかしその先で防災用の隔壁が降りるのを見た。

「これで逃げられると思っているのか?」
「なぜだ? ちゃんと呪術の解除はしただろう」

作業員は銃を取り出して叫んだ。
「土産を持ち逃げするな!
お前は今から死刑になるんだよ!
まだ法律は変わっていないからな!」

コウサクの観察力はすぐに見抜いた。
左手で構えた銃は威圧用で、
右手に持つ警棒が中心のようだ。
弾丸の数で明るみに出るのを嫌ってだろう。
「土産は家族や友人に配ってもらうぜ!」

「なんて卑劣な理論だ!
わかったぞ、呪術をかけた犯人はお前だな!」
コウサクはいきなり真実を見抜いた。

「おかしいと思ったんだ。呪術の廃れた文明において、いきなり信用するなんてな。
お前は国家呪術師という言葉にも馴染みがない様子だった。
繋がったぞ。
かつて戦車を見せられた時もそうだったからな」

作業員は話を聞く気もなく、警棒を振るう。
コウサクの左手への一撃だが、呪術の鎧が弾けて守られた。

「ちゃんと想定済みだと言っただろう!」
コウサクの呪術は弾けてからが本番だ。
警備員の足首めがけて殺到し、
絡みつき、倒れさせた。
作業員の野望もここまでだろう。
コウサクは自らの手で確実にした。

 こうしてエスカレーターを取り巻く暗澹たる事情は晴れた。
しかし安心には早い。
放っておけば第2、第3の事情が現れるだろう。
後の調べでは、作業員の野望は完成間近だったらしい。
凶悪犯罪に対しエスカレーター歩きの刑を適用させ、
個人所有ゾンビとして入手する計画が発見された。
そうなれば国家の転覆も間近だろう。
手駒を集めて国土総エスカレーター化計画が実現すれば、
誰も自らの意思による移動ができなくなってしまう。

 それにしても、歩かないためのエスカレーターで歩くとは本末転倒もいいところだ。
そのような輩への抑止力を失ったとあれば、
本当に正しい行いと言えるだろうか。
あらゆる行動の裏には逆を失うことを含むもの。
コウサクは思考を巡らせながら、脱臼を治療するのであった。