にんにくガーリック

元気に小説を書きます。水曜日のお昼ごろ更新の予定。このブログの内容は、特別な記載がない限りフィクションです。

『働かざる者食うべからず』

『働かざる者食うべからず』

 


 新しい社訓は「働かざるもの食うべからず」だ。
入社と同時に社長が変わったので、
去年までに調べた内容が一気に覆った。
何が起こるか考えたくもない。
しかしいきなり転職活動をする勇気があるわけでもない。
やってみて、厳しかったら決めよう。
消極的な姿勢であった。

 手加減されているのか、何事もないまま1ヶ月がすぎた。
想像していたような暴力的な雰囲気もなく、
誰の怒号もなく、
一部の社員が自主的に活動している程度だ。
その成果を見ると雰囲気も変わっていくのだろうか。
想像をするほどに五月病がますます重くなっていくように感じた。

 夕べの鐘と同時に扉が開き、
2メートルをゆうに超える巨体が現れた。
すぐに立ち上がったのに目線はまるで座っているときままだ。
見慣れるにはまだまだ遠い人間離れした姿を、
本人も気にしてか腕を動かないように、
正面で組んで歩いた。

「久しぶりだね。まだ覚えてないだろうし改めて自己紹介をしよう。
今年度からの新社長、月宮巳甘だよ。
みんな1ヶ月お疲れさま。
これからみんなの成果確認をして、評価を伝えて、
その後でわくわくお給料タイムだよ」
新社長は軽い口ぶりで、誰の返事も待たずに話を続けた。

「まずは部屋の模様替えだね。
これはバッチリよくできてるね。
デスクや機械を動かすの、重くて大変だったでしょ。
こうして円陣を作れると、お話がしやすい。
とっても助かるよ。ありがとう」

自分でなら簡単にできそうではるが、
それでは移動先がわからず場所が混乱してしまうとの計らいで、
社員に任せたのだ。 
細かく評価してくれて、やりやすい。
新社長はやはり返事を待たずに続けた。

「さて次はお待ちかね、働き者の一等賞だよ。
まずは我こそはって人に立ち上がってもらって、真ん中に来てね」

その声を聞き終えすぐに3人が立ち上がった。
名誉を望む心が見るだけでわかる。

「ふむ、まずは新卒の相葉くん。君の成果は見せてもらったよ。
システムの効率化を担当したね。
いままで手をつけてなかったところを、
たった1ヶ月ですごい成果だ!
君のおかげで半年もすれば頑張らなくてもよくなるね。
それじゃあ、座ってね」

相葉は不思議そうに、あるいは不満にも見える顔で座った。

「次に馬場くんか。成果は上々だね。
新規顧客をもう5件も獲得するなんてびっくりだよ。
それでいて休憩時間もしっかり確保している。
それじゃあ、座ってね」

馬場は明らかに不満げな顔で座った。
独り言を呟いて考えをまとめる癖があるので耳を向けると、
休憩をしないほうがいいのか、と聞こえた。

「最後に田元くん。
君は休日を返上したり、夜遅くまでパソコンを叩いたりしてたね。
数字のひとつひとつを目で確認して、
念のための再計算もしてたのを見ていたよ。
君にはびっくりだよ。
僕は君みたいな人を求めていたんだ!」

「ありがとうございます!」

前の話を聞いていたからか、田元はとびきりの笑みを浮かべている。

「それじゃあトップオブ働き者の田元くんに、コンジョウの挨拶をしてもらおうかな」

組んでいた腕を解き、いつ見ても慣れない長い肢体が田元の手を取る。

「ぎゃああああ!!」

叫び声がひとつ。
田元以外は、予想外のことに声も出なかった。
社長は田元の右手から食べ始めた。
人差し指から順に、次は中指、そして薬指。
ゆっくり、じっくりと味わう。

「お静かに」

掴む手とは別の手を田元の喉へ差し込み、
撫でるように円を描くと、田元の声はなくなった。
空気が擦れる音が強くなったように感じる。

 社長の月宮巳甘は田元の右腕まで食べ終えた。
ぴちゃり、と真横から何かが滴る音が聞こえた。
顔を向けないままでも、
特徴的なチーズに似た悪臭から吐瀉物とわかる。
すぐに社長が歩み寄った。

「田元くん、お掃除をしよう」

田元の口を使って吐瀉物を掃除する。

「君は彼女に対しても頑張っていたね。ちゃんと見ていたよ」

掃除をしながら左足を食べ始めた。
腕よりも骨が太いため、
口の中からギシギシと聞こえてくる。

「ああしまった。
恥ずかしいところを見せて、
嫌な思いをさせてしまったね。
みんなごめんね。特に田元くん。
せめて今からでも言おう。
いただきます」

左右の脚を食べ終え、いよいよ下腹部が開かれる。
S字結腸から直腸を切り取り、小腸を啜る。

「好き嫌いはよくないぞって言うけど、
僕はウンチの味は苦手でね。
腸は食べ残しちゃうよ」

社員たちの顔色がよくないのを察知したのか、
社長は小粋な話を振ってくれた。

「せっかくだから見てごらん。
これは脾臓、小学校のマラソン大会とかで脇腹が痛くなったことがあるかな? あれはここから予備の血液を出すからだよ」

社員たちは黙ったままだ。
「ありゃ、内臓の話はあんまり好きじゃないかな」
社長はしょぼくれた顔をして、脾臓をぺろりと平らげた。

直腸と中のウンチだけを残して、田元くんの姿はなくなった。

「ごちそうさま。
食べた相手への感謝を言葉にする、美しい言葉だね」

「さて、待たせたね。
みんなにお小遣いをあげる時間だよ。
はい、100万円」

紙テープでまとめただけの裸現金を配られた。
「相葉くんと馬場くん、2人は特にすごかったから、特別ボーナス込みで2個あげるよ」
受け取る手が震えている。

「どうしたの?
ああ、お金の心配はしなくていいよ。
やりくりは僕の役目だからね。
それに旧社長の椅子やベッドを開けたら、
まだまだたくさんあったから大丈夫だよ。
あ、でも勝手に持ってったりはしないでね」

「ごめんよ、もう7時20分だね。
この残業代は来月の分につけとくのと、
来月はもっと早めに済むように調整するよ。
それじゃあまた1ヶ月よろしくね。
社訓は変わらず、働かざる者を食うべからずだよ」

 新社長は巨体をうねらせ、地下の一室へと帰っていった。
「相葉さん、どう思います」
腰を抜かせたままで、抑揚をつけられなかった。
「まあ、ありだな。ムカデ人間だって人間のうちだし」
馬場も話に加わった。
「お2人ともこの後どうでしょ、飲みに行きます?」
「そうだな。久しぶりにユッケを食べたい」
「いいですね、今まで高くて行けなかった焼肉に毎週だって行けるぞ」
久しぶりの笑い声に包まれ、夜の繁華街に会社員が集まった。