にんにくガーリック

元気に小説を書きます。水曜日のお昼ごろ更新の予定。このブログの内容は、特別な記載がない限りフィクションです。

『ダチョウ人間を討て!』

『ダチョウ人間を討て!』

 表彰台を頂まで登る感覚が全身に焼き付いている。
滴る汗も、筋肉を揺さぶるリン酸も、
すべてを忘れて勝利に酔い痴れた日。
1ヶ月が過ぎても、2ヶ月が過ぎても、
部屋に戻ると思い出す。

 それ故に、底なしの怒りが沸きあがる。
大規模な施設が次々と爆発したのだ。
病院、大学、水族館と共通点が見えないため、
世間を騒がせる爆弾魔の対策として、
日本中で一定以上の規模を誇る施設が次々と閉鎖されていった。
最後まで残った母校の競技場は、最後の標的としてのスケープ・ゴートとすら思えた。

 陸上競技で培った体力を活かして、自衛隊に志願した。
ここまで育ててくれた、神聖な競技の場を守るため。

 朝は猫の世話をする。
初めは面倒なだけだったが、
すぐに魅力が伝わって来た。
いつ現れるとも知れない爆弾魔への対策は、
決して余裕を持てるものではなかった。
そうして荒みそうな心を癒してくれる猫は、
数少ない拠り所だ。

 今日は猫が見当たらない。
普段から呼んでもすぐには現れないが、
匂いも音も気配もないのは初めてだ。
「タマエモンザブロウ! 出ておいで!」
呼べども誰の反応もない。
このまま帰ってこないような、悪い予感がする。
不安を煽るように悲鳴が聞こえた。家のすぐ前だ。

 着替えもしないまま飛び出すと、
おばちゃんが腰を抜かせていた。
よくお世話になる、肉屋さんの母親だ。
肩を貸しながた、起こったことを訊ねた。

 愛猫の亡骸が横たわっていた。
もしかしたら見間違いかもしれない。別の猫かもしれない。
そう思って確認するほど、タマエモンザブロウの特徴が突きつけられた。
その場に泣き崩れるしかできない。
どうやら電子レンジで脳が沸騰して亡くなったようだ。
これまで爆弾魔が現れる直前にも、
同様の手口で殺害された動物が多々見つかったそうだ。
同一犯か偶然かは定かではないが、
警戒を深めるに越したことはない。

 タマエモンザブロウの亡骸を庭に横たえ、
墓標を作り、弔ってすぐに動けるよう準備を始めた。
正解だった。
玄関を出ると同時に、爆発の音が聞こえた。

 爆発の方を見ると、何者かが異常な速度で走ってくる。
一見するとビジネスマンの風貌だった。
背広から半寸ほどの袖を見せて、
ネクタイを隙間なく締める。
時代錯誤とも言えるほどの拘り深い着こなしだ。
走るための服でもないのに、秒速15メートルで近づく類まれな脚力が目に付いた。
この速度はなんと、2016年にリオデジャネイロにて開催されたオリンピックにおいて、100メートル走で9秒81を記録し金メダルを獲ったウサイン・ボルト選手をも上回る速度で走り寄ってくる。
すぐによく見える距離まで近づいた。
あの特徴的な頭は! ただのビジネスマンではない。
間違いない! 奴はダチョウ人間だ!

 目の前で止まると奴はおもむろに爆弾を産卵し、
口から吐き出すマイクロ波を利用して爆発させた!
防護具を持っていたおかげで怪我こそしなかったものの、
その衝撃は凄まじく、次も耐える期待はできない。
もちろんマイクロ波だけでも、
直に浴びれば脳が沸騰してしまうだろう。
そう、タマエモンザブロウのように。

 怪我の功名、爆発までのわずかな時間が役立った!
援軍が到着し、ダチョウ人間を取り囲んだ。
隙間なく盾を構え、完全に道を塞いだ。
しかし元陸上部としては、まだ心許なかった。

「待て、危ない!
ダチョウの蹴りは衝撃が5トン近いんだ!
盾が壊れなくても吹き飛ばされてしまう!」

しかし遅かった!
ダチョウ人間は盾の1枚ずつを蹴り飛ばし、
2枚を蹴るごとに1個の産卵を続けた。
マイクロ波を吐き出す前に爆弾を割る。
それでも悲しいことに産卵が上回り、
マイクロ波で一斉に爆発するのを待つだけだ。

 目を閉じて覚悟を決めたその時だった。
爆発音ではなく、液体が滴る音が聞こえた。
目を開けるとダチョウ人間が遠くを見た姿勢で泡を吹き出し、電信柱に身を預け、やがて倒れた。
何があったのかわからないが、
無事に首を取り、正義は成された。
平和が守られたのだ。

 後になって、親友にして最大の功労者、鈴林倫太郎に何をしたのかを訊くことにした。

「君も知る通り、視力の高い鳥類の中でも、ダチョウは最も視力が高い。
40メートル先を歩くアリだって見えるんだ。
そこで、こいつを使った」

鈍い銀色をした、オカモチのような箱を取り出した。
開けると何やら細かい網目のついた、
鉢の飼育箱を思わせる作りをしている。
奥に模様があるが、
人間の目には小さくてよく見えない。

「これはな、3回見たら死ぬ絵の1600連装だ。
合成生物の宿命か、ダチョウ人間の免疫力はどうしようもなく低い。
それで視力はいいもんだから、
しっかり見ちまったんだな。
使うときは3段に広げるんだ。
そうすれば1600種類を3回ずつ見ることになる」

昔から何度も、鈴林倫太郎の思いつきには驚かされていたが、
今回は飛び抜けて腰が抜けた。
呆れ半分な顔をよそに、嬉々として語りだした。

「実はこの絵はただのオカルトじゃなくて、人間の免疫力があるから誰も死なないんだって研究結果が出たんだ。
だから免疫力が弱い合成獣に有効なんじゃないかってことで試しに用意したんだ。
そして思いのほか早く活躍の機会が来た。
作品が活躍すると気持ちいいね」

5時間にもわたる鈴林倫太郎の話から、彼らの研究は理解しがたいと囁かれる理由の一端を味わうのだった。