にんにくガーリック

元気に小説を書きます。水曜日のお昼ごろ更新の予定。このブログの内容は、特別な記載がない限りフィクションです。

『正義の球拳 フジツボクサー来日』

『正義の球拳 フジツボクサー来日』

 フジツボクサーが日本にやってくる。
その知らせに誰よりも慄いたのは吉本光一だ。
幼くして両親を亡くし、養護施設で育てられた。
格闘技の試合中継を楽しんでいたが、
フジツボクサーだけは、
事故を強烈に想起させるので見ないようにしていた。

吉本光一の勤める造船所にも話題は舞い込んだ。
フジツボクサーはその名の通りボクシングの大御所だが、
他の格闘技の選手からも、
まるで自分の界隈のように注目されている。
同僚・榎本光一も欠かさず確認している。
2人は名前の3文字が共通で、境遇も似ていたもので、
出会ったその日に意気投合した。
それでもフジツボクサーへの認識だけは、
未だ折り合いを知らない。
「今日も俺の休憩は後回しにしてくれ」
吉本光一ひとり、船底の加工を続けた。


 榎本光一は過去に両親を亡くした。
ボクサー崩れでアルコール依存症のシンナー中毒者と運悪くすれ違ったために、
揉みあいになり殺されたのだ。
その後の大学にいる3年半でボクサーを研究し、酒に溺れる暇のある弱者になら勝てる程になった。
オリエンテーションにて吉本光一と出会い、意気投合する。
共に両親を亡くしていること、
その理由が片や元ボクサー、片やフジツボということ、
名前の3文字が共通すること。
特別な親近感のある吉本光一と協力し合い、
フジツボに強い船を作りながら、
エセボクサーの喧嘩を止める。

2人にとってフジツボクサーは共通の敵であった。
裏で汚い手を使っていると囁かれるものの、
明確な証拠がなく野放しになっているのだ。

榎本光一がフジツボクサーの動向を探る間に、
吉本光一が船底の加工技術を改良する。
その時、榎本光一の電話が鳴った。
「もしもし」
「久しぶりだなダブル本光一、5万でいいぜ」
情報屋・二木がフジツボクサーの動向を掴んだのだ。
聞かされた場所は幸か不幸か、造船所のほど近くにある倉庫だった。
吉本光一の作業を中断させ、車を走らせる。
来日してわざわざ何も見所のない工業地帯に来るなど、
裏があるに違いない。
車内で5分だけのわずかな休憩をとり、
件の倉庫を探りはじめた。


 フジツボクサーの印象はいつも、着ぐるみかと思われていた。
2メートルに届く巨体に群がる、球状に膨らんだ筋肉。
その膨らみはどれも頂に小さな穴があり、
フジツボ光線を撃ち出せる。
グローブなのか握り拳なのか判断しかねる2本の腕はもとより、
全身から死角を補うフジツボ光線こそが、
フジツボクサー最大の強みだ。

倉庫の裏手、フジツボクサーと3人の男が対峙する。
釘抜きを構えて喧嘩の様相だ。
フジツボクサーの身のこなしで場所をずらし、
吉本光一と榎本光一が乗る車の前に止まった。

運転席の榎本光一はフジツボクサーの吠えるような声を聞き取った。
「私の名前はフジツボクサー、そして彼らはフジツボを悪用し、巨大な勢力を率いる不実暴力団だ!
その構成員は様々な産業界にも伸びているという!
悪を打ち倒すため、正義のパンチを応援してくれ!」
返事も待たず、フジツボクサーのパフォーマンスが始まった。

「一富士、二壺、三フジツボ
正義の球拳フジツボクサーが参るぞ!
不実なる者よ、答え合わせの時間だ!」
フジツボ光線が不実暴力団を撃ち抜いた。

フジツボを利用した要人の暗殺、同胞を血に染めるその行い許しがたし!」

本気を出したフジツボクサーは、
あっという間に不実暴力団を制圧した。

 時間帯のせいか、帰り道では車が進まない。
吉本光一は脳裏に浮かんだ仮説を相談した。
なぜ自分を大学まで支援してくれる人がいたのか。
両親はフジツボのせいで死んだのではなく、
フジツボを悪用する不実暴力団によるものではないか。
榎本光一は赤信号を確認したので、
ゆっくりと口を開く。
フジツボクサー、もちろん手放しに信用はできん。
しかし不実暴力団の暗躍を知った今は、
少なくとも、フジツボを敵だと盲信するのは間違いのようだな」
これ以上の言葉は不要だった。
満足げに黙り込み、思想を巡らせる。

翌日、吉本光一の脚は、フジツボ研究家の元へと向かった。