にんにくガーリック

元気に小説を書きます。水曜日のお昼ごろ更新の予定。このブログの内容は、特別な記載がない限りフィクションです。

東京都練馬区の守護者、ネリマスター

『東京都練馬区の守護者、ネリマスター』

(この物語はフィクションです。)

 春は別れと出会いの、終わりと始まりの、新生活の季節だ。
相原よしおもまた校門の前で写真を撮り、
クラス分けを確認し、2組へ向かう。
ここには見知った名前が1人しかいなかったので、
仲間を増やそうと、住む場所の話題に参加した。
「きみも光が丘に住んでるの?
僕は3丁目だよ」
「おっ、僕は7丁目だ」
「混ぜてよ。2丁目に」
早くも家の近いグループが集まっている。

隣町、土支田に住むよしおは直接は加われないので、
「なんか揃いそうだね。あとは1丁目と‥‥」
「待て」
言いかけたところで、ひときわ背の高い加藤勝己に遮られた。
「光が丘一丁目は存在しない」

 誰も反論をしない。
しかも逆らい難いリーダー格ではなく、
全員が同意する常識のような面持ちだ。
地動説を称えたように困惑した面々は、それこそがよしおを困惑させた。

「でも、2丁目があるなら、その前に1丁目だってあるでしょ」
「いや、無いんだ。一丁目と四丁目は。ほら、地図にも」
加藤は懐から取り出した地図を広げた。
簡素ではあるが、手作りといった雰囲気ではない。
「ここが学校、このあたりが2丁目でこっちは3丁目」
「これが5丁目・6丁目・7丁目だね」
確かに地図にもない。

 よしおは帰り道、案内板を見て回った。
どの案内板にも、一丁目と四丁目は書かれていない。
不思議に思い歩き回れど成果は得られず、
すでに空腹なので、夕食はコンビニで買おうと信号を待つ。

 そんなところに白衣の男が現れた。
「光が丘一丁目を探しているのか?」
男は赤塚と名乗った。

「光が丘一丁目は確かにある。あったのだ。
しかし‥‥」
含みある深呼吸をして、
「失われたんだ」

「あれを見てみろ」
赤塚は横を向き、遠くを指して腕を伸ばした。
「ファミレスの看板?」
「違う。その手前の電線だ。
光が丘には電線がなく、すべて地下にあるんだ。
それからコンビニもない」
息を飲むよしおを見つめ、赤塚は言葉を続ける。
「実はそれこそが一丁目の秘密なんだ。
地下を通る電線、その管理をするにはもちろん人が必要だ。
さて、そんな人が住む地下都市があったら驚くかな?」

よしおは想像を巡らせる。
地下都市があったらそこはどんな環境だろう。
地上に生い茂るような植物はいるのだろうか。

「この地図を見てくれ、この点線で囲まれた部分が‥‥」
言いかけた所で、やってきた車が音を立てて止まり、
後ろのドアと助手席の窓が開いた。
「赤塚博士、ついに始まりました!」
「だろうな。すぐ行く。
話の途中になったが、君も来るかい?」
赤塚は返事を待たずに乗り込んでしまった。
後ろのドアは待っていたが、ゆっくりと閉まりかける。

「僕も行く!」
よしおは手を伸ばし、後部座席に乗り込んだ。
「ありがたい。手伝ってもらおう」
同時に青信号を見て車は走り出した。
詳しい話を始めかけたその時、
バックミラーに見慣れない姿が映った。

 振り返るとそこには馬の頭をした男が、
車の後ろ側をひっ掴み、マントをたなびかせていた。

「私の名はネリマスター!
練馬区の平和を守る者!
赤塚博士、いや本名・山井川秀彦!
純粋な少年を騙して連れ去り、角膜と臓器もろもろを売る計画もここまでだ!
仲間に失敗の連絡をするがいい!」

ネリマスターは超人的な力で車を解体していく。
屋根が剥がれ、トランクが野晒しになる。
隠れることも隠すこともできないよう、
逃走対策が入念だ。
続いてナンバープレートを真っ二つにする。
もはや逃げても言い逃れはできない。
そして最後にタイヤを動かすシャフトを折ると、
すでに走行はままならず、
車道の真ん中であっても止まるしかなかった。

 赤塚と手下は、よしおも放って走り出した。
しかし所詮は人間、ネリマスターとの差は縮まる一方だ。
大通りを離れ小道を進むが、小回りで勝つこともできず、
諦めてか銃を取り出し、ネリマスターへと向けた。

 音がひとつ。
次の瞬間にはネリマスターが倒れていた。
赤塚の銃が放たれたのだ。

「ははは! 一歩だけ遅かったな!
ここからは埼玉県新座市
練馬区はおろか東京都ですらない!
貴様の力は出せまい」

とどめを刺すべく近寄り、銃を構える。
もちろん東京都練馬区には入らず、埼玉県新座市の端までだ。
「新座の弾丸を喰らえ、ネリマスター!」

 発砲の寸前、赤塚の背中に風穴が開く。
遠くから届く声は、はっきりと聞こえた。
「見落としていたな!
赤塚博士、いや本名・山井川秀彦42歳バツイチ!
埼玉県新座市には、飛び地の東京都練馬区西大泉町がある!
その距離、わずか100m!
この場からでも、飛びネリマスターの射程範囲だ!」

ネリマスターはゆっくりと起き上がり、
脇腹をまさぐると小さな銃弾を取り出し、ゴミ集積所へ捨てた。
「助かった、ありがとうな飛びネリマスター!」
「いいってことよネリマスター!」

 ネリマスター同士の会話を済ませ、
傷もすっかり回復したので赤塚へと声をかける。
「引っ立てい! 銃刀法違反で裁判所行きだ!」

赤塚は息も絶え絶えに口を開く。
「なぜ‥‥結界の影響じゃないのか‥‥」
「結界? 何を非現実的な‥‥。
銃で撃たれたら誰だって倒れるさ」

 翌朝、ネリマスターが各家庭へ声を送る。
「純真な子供を狙う卑劣な事件があった。
犯人は誘拐した子供の角膜と内臓を売り、残った体を工場で労働力にするつもりだったのだ。
今回の事件は、誰の怪我もなく解決することができた。
しかしまだ残る、想像もつかない悪人は、
いつだって想像を隠れ蓑にチャンスを伺っている!
その手口の多くは、決断を急がせたり、
自分だけで判断させたりと、
正常な判断力を奪った状態で行動させるものだ!
なので各自それぞれが、
正常な判断に必要な時間や状態を理解し、
確保していないときは危険と判断することが重要だ!」

 よしおはネリマスターへの感謝として、
確実な判断力を培った。
そうして成し遂げた内容は、また別のお話で。