にんにくガーリック

元気に小説を書きます。水曜日のお昼ごろ更新の予定。このブログの内容は、特別な記載がない限りフィクションです。

『クレヨン国民、移ろう時代を眺める』

『クレヨン国民、移ろう時代を眺める』

 クレヨン国民は怒っていた。
誰もが万全な準備を整えているまま、
出番もなく飼い殺しにされ続けている。
最も信頼されていたと自負するレッドは、
これまで渡り歩いた地に想いを馳せ、
最後に王と出会った日を振り返った。
その日の王は誰かに呼ばれていた。
その日の王は誰かを気にかけていた。
深く思い出すと、
わずかではあるがその姿を見ていた。
レッドは仲間たちを呼び、短く伝える。
「エンピツのエージェントと話をつけよう」

 どうやってエンピツの元へ行くか知恵を出し合っていたが、
図らずもエンピツのほうからこちらへ足を運んだのだ。
間近で見るのは初めてだ。
シワのなくツヤのある黒のスーツと、
硬く尖った頭を見て、
途端に自分たちがずんぐりむっくりに感じた。
黒を中心に少しの白を覗かせる首回りや、
規則的な銀が並ぶ中心も統一され、
一方の自分たちは不揃いなちゃらんぽらんに見える。
動揺が支配する中、
ホワイトだけが落ち着いたまま、前に出た。
「王はどうしたのだ?」
ホワイトは誰よりも整った身なりをし、
他の者を信頼して見守るのみだった。
彼は本当に必要な時だけ重い腰をあげる。
それが今なのだ。

エンピツの一、小柄な者がぶっきらぼうに返事をする。
「兄貴のことだろ。兄貴だったら変な装置と仲良しだぜ。それで俺たちもここに来たんだ」
「どういうことさ」
レッドが割り入ると、
エンピツの背後からさらに割り入る声が届いた。
「はじめまして、クレヨン。
エンピツの説明は飛ばし飛ばしでしたね。
私がその装置、シャープぺと申します。
お見知り置きを」
クレヨンたちの間に驚きが広がった。
シャープぺの身があまりに硬く整っているもので、
まさか活動するものと思っていなかったのだ。
「私は主君と共にいくつかの文書を残し、
その一部はエンピツと共同で仕上げました。
ですがその主君はこのところ、
私から見てもなお異質な機械を溺愛しております。
撫でたり突いたり、時には話しかけることだってあります。
私にはとても想像し難い存在です。
そして‥‥」
決心をするように、シャープぺが言い淀む。
「いつしか私もエンピツも揃って不要とされました」
無表情に抑揚なく語るシャープぺだが、
ホワイトはどこか哀愁を察知した。
その察しがレッドへも伝わり、その口を突き動かす。
「その機械って名前は何なのさ」
エンピツが記憶を探すのをよそに、
シャープぺは即答する。
「私の聞こえた範囲では、スマホーン、だそうです」
その名をホワイトは知っていた。
「僕の出番だったアイツか」
かつてホワイトだけに任されたもの。
小さな身の中に広大な世界を宿す、
持ち運び式の覗き穴の名だ。
その表現が可能なのはホワイトだけだったのだ。

 これを伝えると大会議が始まった。
自分たちはこれからどうするか。
自分たちはこれからどうなるか。
話をまとめた。『まとまらない』が結論だ。
自分たちではあまりにも、知らない範囲が広すぎる。
こうなっては王を信じて待つしかない。
しかしクレヨンたちの提案により、
エンピツやシャープぺと共にそれぞれの得意分野を語らい、
退屈する日は一度として訪れなかった。

やがて王が、兄貴が、主君が、
スマホーンから離れて戻ってきた。
こちらとしては前触れもないが、王の方で何かあったのだろう。
例えば、健康記事を読んだ、とか。