にんにくガーリック

元気に小説を書きます。水曜日のお昼ごろ更新の予定。このブログの内容は、特別な記載がない限りフィクションです。

イワシスターズ 海底教会の福音

イワシスターズ 海底教会の福音

 

 海底に建物が増えた。
元は陸だった面影もなくなり、小さな亀裂を出入りできる小魚の住処となった。
この狭い入り口が大きな魚を拒むので、食事に困らない間は、
イワシたちが外敵のいない束の間の安息を味わう。
内部は不規則に飛び出す角こそ多いが、他に障害物のない広い空間だ。
そのおかげでいくつもの小さな群れが集まり、交わり、
腹を空かせて旅立つ頃には新たな大群となる。
群れの長命な者は何度も、周期的に訪れるので、
いつしかイワシたちの中心、憩いの場として考えるようになった。


 憩いの時を離れる時だ。
次に訪れる日がまた来ると、イワシたちの祈り。
今回は
壁の隆起の奥、土と海藻の下、イワシたちが何度訪れても沈黙を貫いていたものが、始めて胎動を聞かせる。
建物の壁を伝って他の階層にも届く音。
間近のイワシが泳ぎを断念する暴力。

 偶像か、動かない生物か、イワシたちは現れた姿を見る。
細長い身体を横長に見せる18対のヒレ。
正面に輝く3点の目、全方位を見渡すように飛び出す2本の目。
口の前には1本の腕が伸びる。
イワシたちの知る由もない、太古の昔にこの地にいた者。
そしてイワシたちは音を聞く。
意味の理解できるものではなく、
意味があると気づくものでもなかった。
誰もがただの音だと、何かが動けば当然に発生する音だと考える。
しかし卵の中にいた者は、その産まれる前の細胞は、
はっきりと理解した。

 

 やがて孵化の日が訪れる。
子イワシたちはどれも、5個の目と1本の腕を持って産まれてきた。
成長するにつれて腕も伸び、かつてより大きな生物を食べることもできた。
偶然が手伝うと食物連鎖の関係が逆転することさえあった。
時が進むほど、イワシの中をネオイワシが占める割合が増え、
大きくなった身体は捕食者としての強さを見せつける。
それでも憩いの場は文化として残っていた。
発達した腕を使って入り口となる亀裂を広げたのだ。

 

 今季は先客がいた。
亀裂がさらに広げられ、中には何かの魚影が見える。
それはかつての天敵だったマダイ。
しかしその姿は異質、2本の触手を巧みに操り、ネオイワシに襲いかかる。
ネオマダイの不意打ちは触手の内側、ネオイワシを突起で引き裂く。
まだ遠方にいたネオイワシたちは変わり果てたネオマダイの姿を見て、
海底教会を離れるのだった。