にんにくガーリック

元気に小説を書きます。水曜日のお昼ごろ更新の予定。このブログの内容は、特別な記載がない限りフィクションです。

悪魔将軍の休日

悪魔将軍の休日


 地獄界72丁目。
並ぶ家々のどれもが巨大になり、
来客をまず迎えるのはさらに巨大な宮殿、悪魔将軍邸だ。
新米配達員、矮小人間富岡はこの地区の担当を言い渡され、悪魔将軍邸への荷物を載せたバンを走らせてきた。

玄関の扉1枚だけで、彼の住む6階建ての自宅マンションに匹敵する大きさとは思っていなかった。

 

 富岡は足下に何かの動きを感じ、視線を落として見回す。
それは自身の影に見つけた。

富岡の影から口が開き、抑揚のない声で語りかける。
「見ない顔だな。何者だ」
「悪魔将軍様へ、お届けものです。」

答えを受けて影から薄黒い靄を纏った長身が、あるいは靄そのものが吹き出し、
人間に近い形で頭を垂れる。
「これは失礼いたしました。ようこそ72丁目へ。最初に悪魔将軍様への謁見をお願いします」
抑揚は変わらずないままで誘導する。
扉に軽く触れて押し厚い扉が開き、富岡が続く。
「この地区の担当者の臨時でしょうか」
「いえ、新しく担当することになりました。申し遅れました、富岡と申します」
「そうでしたか。富岡様、今後ともどうぞよろしくお願いします。私めは使用人の黒影でございます」
「黒影さん、ですね」
「ああ失礼、黒影は種族名で、敬称は不要です。使用人として生まれた種なので個人名は持たないのです」
初めての異文化に触れた富岡が返事を選ぶ前に次の扉に着くと、
別の黒影が大柄な甲冑の男を連れてきた。

 立ち尽くす富岡の前に膝をつき、頭の高さを合わせると、
言葉らしき音を紡ぐ。同時に黒影も口を開く。
「ようこそ悪魔将軍邸へ。黒影が人間語との同時通訳をするので言語の心配は不要ぞ。私が悪魔将軍だ」
「初めまして。これからこの地区への配達を担当することになりました、富岡です」
「それはご苦労であった。いきなり気を悪くさせてしまうが、悪魔将軍種族には労いの文化が浅く、人間種族からすると無礼なものと聞いている。先に非礼の謝罪をさせてもらおう」
「こちらこそ、この辺りの文化は見慣れないものばかりで、知らずのうちに失礼を見たら、教えていただけると幸いです」
挨拶を交わし、いざ荷物を渡す。
富岡の読めない言語で書かれた伝票を見ると、
「この荷物は、土曜日に届けておくよう書いてあるが」
配達上官からの話と食い違う。
富岡の謝罪を遮って続けた。
「まあ今は過去のことだ。異文化の言語でもあり、読めなくとも仕方あるまい。
未来で気づく方法を探しておけばよい。これは明日の朝に開けるぞ」
受け取りのサインを済ませ、黒影が荷物を運び出す。
「何か疑問を浮かべているが人間よ、今日に休みを放棄するのは、日曜日を休みと定めない種族の特権だ。それを侵すことは何者にも許されぬ」
言葉もなしに疑問を察知され、富岡は改めて異種族の異文化を実感した。

 部屋に新たな黒影が現れ、悪魔将軍に話しかける。
富岡の近くにいた黒影はその言葉も同時通訳する。
「悪魔将軍様、トラブルです。
はぐれマンティコアが宮殿の一部を破壊し、
そればかりか客人様の車を巻き込んでしまいました。
続報です。マンティコアは非正規兵により仕留められました」
「すぐに正規軍を動員せよ。客人と宮殿周りで警備に当たれ。
そして技師を招集せよ。車の修理と保護が必要だ」
悪魔将軍は短く指令を告げると、富岡に向き直る。
「人間よ、まずは驚かせたことを詫びよう。
話していたマンティコアとは、人間を好んで襲う怪物だ。
本来はこの地区から遠く離れて住むが、
1匹いるならば何かしらの理由で他にもいるかもしれぬ。
我が軍が警備にあたるが、万が一に備えて安全を確認してほしい」


 鼻と耳と顎が尖った背の小さな者が現れ、小さな箱を差し出す。
中を見ると腕時計のようだが、
見慣れぬ2本目の竜頭が文字盤の下側に小さく覗く。
黒影は彼を、言葉に礼儀の文化がないゴブリンの技師と断りを入れて通訳する。
「こいっつはあんたの車に搭載してた地界転移装置の小型版だ。
初めて見たんでテンション上がちまって、
ついっつい小型化しっちたよ。
これっでもう車をだらっだら走んねでもここまで来られっぜ。
いいもん見せてもらたっぜ、ありがとさん」
話を聞いていた悪魔将軍も舌を巻く。
「なるほどそのほうが、安全だな。
大したもてなしも出来ずじまいだが、命には変えられん。
また次の機会を楽しみにしていよう。
36時間もすればひとまずは安全になっていよう」
礼を交わしあい、2番目の竜頭を回すと、
富岡は自宅の玄関に帰ってきた。
配送を終えてそのまま自宅に戻ったことを営業所に伝え、
半休を新たな思い出と共に過ごすのだった。