にんにくガーリック

元気に小説を書きます。水曜日のお昼ごろ更新の予定。このブログの内容は、特別な記載がない限りフィクションです。

ブラック人間とホワイト死神 ── 第1話 後悔なき邂逅

ブラック人間とホワイト死神
第1話 後悔なき邂逅

 

 時計が指すのはすでに9時すぎ、今日の帰りは早いほうだ。
雨は朝より勢いを増し、持つ傘を叩き落とされそうだ。
成人祝いに貰った腕時計は、決まった時刻にメッセージを出す。
夜10時のメッセージ、今日も一日お疲れさま。
4年前と同じ言葉が、別の意味となり表れる。
跳ねた雨粒が顔を濡らした。

 

 視界の隅に、白い影がちらついた。
顔を向けると夜道にひとつ、はっきり姿の見える白。
レインコートを着た子供だろうか。
この雨の中、こんな夜に1人で。

歩み寄ると離れる。立ち止まると止まる。
昼間は子供たちが追いかけ合う道だが、

何かを超えたのか、ある一歩と同時に突然、振り返った。
フードから覗く顔は黒。
日焼けではなく、黒人でもなく、暗黒の、姿のない顔。
光のない空間が口を開け、吸い込まれそうだ。
声が聞こえる。

「見えているかい?」
男とも女ともつかない声。
懐かしさもあり、はじめて聞く声。
頭の中に直接、言葉を置かれるような自分の声。
独り言かもしれない。しかし確かに会話できそうに感じた。
まずはそう、返事をしよう。
「見えているよ。君は誰なんだ? 迷子?」
「僕は死神だよ。振り返った理由がわかる?」
「近寄ったから‥‥待て、死神って‥‥ふざけているのか?」
「大真面目だよ。僕に触れたら君は死ぬ。だから今になって近寄れたんだ」
「話が繋がらないぞ。何がだからなんだ?」
「やっぱり、見えてないね。視界の悪い雨に、目立たない服と傘。
車道に飛び出したらどうなるか、わかるだろう?」
言われてようやく、あたりを見回す。
自称・死神のすぐ右には、国外からも人が集まるほど評判の生垣。
しかし先生が身体を壊してから、手入れが届いていない。
この道を走る車の死角。
死神、空洞のレインコートとしか見えないが、
それに届く場所に出れば確かに、車に撥ねられてしまいそうだ。
「そろそろ、気づいたようだね」
「忠告ありがとう。‥‥突然現れたんだ、他にも用事があるだろ?」
「あるよ。君が死にたいのかそうじゃないのか、そうじゃないなら考えを改めてもらう」
「どっちにしても、命を持ってくつもりか」
「僕はそれでもいいよ。今のままの生活を続ければ、僕はもっと近づいていくだろうね。
タイム・リミットって言うとわかりやすいかな」
「生活を改めて生きるか、このまま死ぬか、ってわけか」
「頭はまだ回るようだね。それじゃあ、新生活に向けてを、頑張ってね」
トラックが目の前を横切ると、死神の姿は消えた。

 

 生活を改めよう、とは思ったものの、どこから手をつけるか。
考えのまとまらないまま、出勤の支度を済ませる。
家を出る。マンションの4階から階段を降りる途中、柵の向こうに浮かぶ白。
近寄れば振り返り、暗黒の顔。
「おはよう。その様子だと、変な気は起こさなそうだね」
無視して階段を降りる。変な独り言のように思われてはたまったものではない。
「ツレナイなぁ。僕が、オサナナジミノカワイイオンナノコじゃないのが不満かな?」
「慣れてない言葉まで使って、おちょくりに来たなら帰れ」
我慢できず、小声で答えた。
「僕が帰ったらタイム・リミットを忘れるだろう。それに今まで死神をやってて、飛び付かれる方が多かったからね、君のことをちょっと気に入ったんだよ」
「なにも嬉しくないな。ところで昨日より近くにいるようだが」
「君がうっかり転んでも、僕は避けるから安心してね」
表情のない暗黒の顔だが、楽しげな雰囲気は見てとれる。
「避けずに支えてほしいなあ!」
冗談めいて話に乗ってみる。
「この場所からなら支えられるよ」
死神は線路の上に立つ。
不安か、恐怖か、胸が痛む。
「悪い冗談はよしてくれ」
「悪い現実、だよ。僕に触るときは死ぬときだけだ」
死神も真面目な雰囲気となった。心境に敏感な奴だ。
「僕が、オサナナジミノカワイイオンナノコじゃなくてよかったかな?」
そして存外に、気の利く奴だ。

 

 退屈だった通勤電車が与太話で彩られる。
言葉に出さなくても、伝えようとイメージするだけでいい。
これを知るまでの数分はもちろん、変な目で見られた。
それすらも話の種とした。

 

 電車を降り、会社に到着したら、与太話はお休みだ。
死神は朝よりいくらか離れて見守っていた。

 

つづく