にんにくガーリック

元気に小説を書きます。水曜日のお昼ごろ更新の予定。このブログの内容は、特別な記載がない限りフィクションです。

ようこそファンタスティック・チバ

 ここはよくある普通の、剣と魔法のファンタジー世界。

かつて県境を示していた標識は、『幻想民族』の手ですっかり彼らの思想を誇示する台となってしまった。
誰もが小さな団体と思っていた裏で確実に力を蓄え、
ついには政府すらも飲み込んでしまった。
彼らは武器よりも娯楽を用い、
時にはゲーム機から、時には電話から、時には本から。
抵抗する意思を少しずつ摘み取り、完全に掌握した今、例外的に決して賛同しない者を『エネミー』と称し、物量での排除を推し進める。
弾圧された者たちは、やがて山奥の地下深くに身を寄せ、ひっそりと暮らしていくのだった。

 熊の巨躯を運ぶ15人の男たち。
その1人、周囲の警戒を担う者が立ち止まり、右腕を水平にする。警戒の合図だ。
「小さな動きだ。外の子供かもしれん」
すぐに連絡役が全体に伝え、集団がその場に止まる。
長老からの伝聞は、全員が共通して持つ知識だ。
外の人間に見つかってはいけない、もし見つかれば部族まるごと皆殺しにされるだろう。
彼らの中には、見つかった者の末路を知る者もいる。
 全員が、警戒役の顔色に注目する。
「こっちに近づいて来る、多少の音を出しても逃げろ」
連絡役を通さず直接の声は、何よりも確実に危険を伝える。
せっかくの熊だがその場に捨て、複数の道に分かれ隠れ村に向かう。

 子供の声。反射的に振り返ると目が合った。
その眼に浮かぶのは恐怖ではなく、狂気でもなく、興味の輝きだ。
長老の話をよく聞いていた若者ほど、全くの予想外だ。
何故、そんな目で見つめるのか
「おじちゃん、お山に住んでるの?」
まだ幼い村の子供と同じく無邪気に響く。
「‥‥ああ、そうだよ」
短く答えると目をさらに輝かせて、
「絵本とおんなじだ!」
はしゃぐ子供を落ち着かせ、
伝わっている話を聞かせてもらった。
人と同じ姿をした、山に住む怪物。
本当は心優しく、怖がらせないように山に篭ったという。
迷い込んだ子供を助けて仲良くなるが、戻った子供が大人たちに話すと翌日には山に誰もいなくなってしまう。
「だから誰にも言わないよ!」


---

「ただいま」
「おかえり。今日は遅くなったね」
「ちょっちね。この匂いはカレー!」
「正解。ところで今日はどこに行ってきたの?」

「何か隠してるとき、いつも匂いの話をするもんね」

「ズボンの裾にくっつき虫があるね」

---

小さな尻が座った跡の残る倒木に、封筒とノートの切れ端。

 

おじちゃん、ごめんなさい。
誰にも言わないって決めたのに、ばれちゃいました。
封筒の手紙を渡すか置いて帰るように言われました。

 


突然のお手紙を失礼します。
山に入って何年かは存じませんが、かの日とは大きく違う状況となっています。
一時は国中を支配していた者らは、魔道神官を名乗るも実は魔法を使えず、そのまま騎士団に討たれました。
今は再び政治家が治めています。
恥ずかしながらそちらの都合を理解しておりませんゆえ、
こちらからは山中への干渉をしないようにしました。
同封の地図に記す役所にていつでも対応できるようにして、
それ以外は委ねます。
これを罠に思われても仕方ないと理解しております。

 

 読み終えた長老は、自ら危険を冒して赴きこの目で確認すると決める。
反対する若者たちに知識といくつかの言葉を残し、
若者たちの豊かな未来のために惜しむ命はないと締める。
山を降り、人里に近づくほどに懐かしい文明の匂いが強まる。

 

ようこそ千葉県。
標識の文字は、心なしか誇らしく見えた。