にんにくガーリック

元気に小説を書きます。水曜日のお昼ごろ更新の予定。このブログの内容は、特別な記載がない限りフィクションです。

帰ってきたおさかなクエスト-10年越しの練馬-

帰ってきたおさかなクエスト-10年越しの練馬-


 久しぶりだな。俺は相も変わらずキハダマグロだが、この商店街はすっかり変わっちまった。
ただひとつ、このパン屋さんだけは同じ場所で変わらないな。
 思い出話をしよう。あれは2008年の夏ことだ。
東京都練馬区に住むおばちゃんに買われた俺は刺身となり、体力に溢れた男子大学生に食われた。
そいつの体内から身体を乗っ取り、作り変え、無事に故郷の海にたどり着いたのだ。
 そして今だ。こうして東京都練馬区に戻ってきた。
今の俺は、魚肉解放軍の尖兵、キハダマ中尉。
目的は魚肉を食卓から解放し、海に還すこと。
そして‥‥可能ならもう一度、妹に会いたい。
最後に話したのは、食われても相手の身体を乗っ取り海に帰る方法を編み出した日で、それを祝ってくれた。
そしていつか私もと目を輝かせていた。
その翌日、俺は漁船に捕らえられたのだ。
 この男は便利な身体だ。
無尽蔵のような体力で地上を活動するだけにとどまらず、影響力の高い人間に顔が通り、おかげであちこちで魚肉を解放する準備が始まっている。
「おっす、久しぶりだな」
見知らぬ男から声をかけられる、よくあることだ。こういう時はまず、
「やあ。いつぶりだったかな」
曖昧な言葉で時間を稼ぎ、そのうちに海馬を舐め回す。
しかし今回は、何者なのかの記憶がなかった。
「やはり、か。誰だかわからないだろ?」
「すまん、久しぶりで早々なのにな」
「いいや、久しぶりじゃあない。魚類による人体再構築事件を調査中の探偵だ。ボロを出したなイワナ野郎!」
こいつ! イワナ野郎などとは許すまじ!
そもそもイワナは川魚、大海原をかけるマグロとは決定的に異なるのだ!
「弱点だって調査済みだ。魚の身でいた最後に食ったもの、このブドウ虫に再び触れるお前は記憶が逆流して死ぬ!」
探偵はそう言いながらタッパから大量のブドウ虫を投げつける。
ぐえーっ! 気持ち悪い!
しかし慌てるなかれ、俺はブドウ虫など産まれてこのかた食べたことはない。
別の魚と勘違いしているか、そうならばイワナ呼ばわりも合点。
今は逃げるのみ!
が、身体がうまく動かない。
慌てて確認しても乳酸はまだ疲労とは遠い。
まさかこの地域に戻ったことで、身体に染み付いた地域愛が、意思を取り戻そうというのか!
俺の意識は右腕まで追いやられ、言葉も満足に扱えない。
「マグロめ! ようやく取り戻せるぞ!」
イワナの他にマグロにも事例が!? しかも取り戻せるなら! 協力します!」
まずいぞ! 1対2では勝ち目がない!
「あとは右手だけなんだ! 切り落としてでも取り戻す!」
「押さえます!」
意識が朦朧とする、これまでか。
しかしその時、母なる海に祈りが通じたか、不意に聞き覚えのある声が届いた。
「そういうことなら、あたしも手伝いますよ!」
余裕を持った右肘に、何者かの斧が振り下ろされたぞ!
これで俺は自由の身だ!
「うわっ! いきなりなんだお前は!?」
探偵の声に答えることもなく、謎の女性は俺と斧を抱えて走り去る。
これだけ時間があれば傷口を塞ぎ、新たな声帯を作るに十分だ。
「ありがとう、名も知らぬ、お方」
やはり小さくなってしまっては、少しの言葉を紡ぐだけでも大仕事だ。
「それより見てよ、あたしも今じゃあこんなにだよ!」
「まさか、君は!」
大急ぎで目を作り、その姿を捉える。
「我が妹! 生きていた上に! 見事に!」
「まだ無理しちゃだめ! もうすぐ水場につくから、元の姿に戻って」
細胞と骨が悲鳴をあげるが、構わず魚の姿に戻る。
可愛い妹が生きていたばかりか、身体を乗っ取る術まで身に着けていたとあっては、
喜びが滝を逆流させる。
「しばらくこの池に隠れててね。傷が癒えたら海に帰りましょう」
「大丈夫か? 俺を追う探偵は鼻が効きそうだが」
答える前に池に放り込まれた。
「明日の朝また来る」
その声からは焦りが透けて見える。
何かあるに違いないが、今はただ、傷を癒そう。
明日の朝に備えて。まだ見ぬ脅威に備えて。

第2話 おわり

(この物語はフィクションです)