にんにくガーリック

元気に小説を書きます。水曜日のお昼ごろ更新の予定。このブログの内容は、特別な記載がない限りフィクションです。

【前衛を書きたくなった】埼玉県朝霞市の裏道

(2017/12/28 誤字を1箇所修正しました)

(2017/12/29 誤字を1箇所修正しました)

 

 ここは未来の埼玉県朝霞市
今日はいつになく飾り立てられた街並みが、
電車で通る人、近くを歩く人に、特別な日と教えている。
遠くアメリカとつながる地下垂直道『ホール・イン・ジャパン』の開通式が執り行われるのだ。
重力を利用して加速し、その勢いでアメリカのコロラド州にある出口まで登っていく、
垂直交通技術の応用で地球の裏側まで繋ぐ試みだ。
厳重な点検のため稼働は1週間に1回のみ、
片方からの出発に限ると隔週だ。
その気難しさのため定員の30人は、夏休みには家族連れが、その他の時期にはビジネスマンが、それぞれ棲み分けていて存外に余裕がある。
もちろんこのビッグ・チャンスを逃すまいと、
トンネル近郊のホテルは利用者向けの宿泊プランを提供している。

 ある日のことだ。飯田室彦(いいだ・しつひこ)は美しい妻と可愛い2人の娘に見送られ、『ホール・イン・ジャパン』を通って単身アメリカへ向かった。
飯田室彦はワンマン経営の技術屋なので、新技術も商談もすべて自分の手と足で取り付けている。
結婚の前後では妻に助けられたが、
1人目の娘を身ごもってからは再び自分だけで、そして朝夕の団欒のためさらに手早くこなすことも覚えた。

 今回の目的は新技術、『個人用携帯通信端末(スマートフォン)とセスナ機の複合・内蔵』の大量生産と普及に向け安全性の協議、そして認可を取り付けるためだ。
コロラド州のホテルへとチェックインを済ませ、予定表を毎日見える壁に大きく張り出す。
2日で時差ボケを解消し、3日目の夜に祝杯をひとつ、4日目に観光をし、5日目と6日目で日本時間に戻る準備、7日目に帰りの切符『ホール・イン・アメリカ』に入る。
書いた記憶の通りだが、今回は心なしか、字が滲んでいる気がした。
目を拭いても涙を浮かべてはおらず、しかし滲みはなくなり元の迷いのない達筆に戻っている。

 時告げ鳥が翌朝の目覚ましだ。
名物の朝食スペシャル・エッグ・トーストを平らげ、
現地の友人との約束までに資料の再確認をする。
ノックの音。予定より早く、そして出ようと思うとすぐに激しく叩き始めた。
明らかに平時ではない、胸騒ぎ。
頭の、背中の、毛穴が閉じるような感覚。
慣れることのない感覚に急かされ扉を開けた。
「なにが起こってる?」
宿の親父は髭の手入れも忘れるほど動転して、
「見えない何かだ! そいつが跳ねまわりながらあんたの名前や写真を見つけると持って運ぶんだ!」
飯田室彦に詰め寄る。「なんか知ってるだろ!」
昨夜を思い出し、落ち着かせてからゆっくりと話す。
「僕も昨日の夜、何かがいたのを見たんです。予定表に乗って、でも目をこするといなくなったので、見間違いかと思って気にしなくて」
すぐに、必要なのは釈明じゃないと気付き言い足す。
「それで、そいつは今どこに?」
洗面所の小さな窓の外を指し、
「あそこだ!」
すぐに振り返ると窓の外側には確かに、飯田室彦の名や写真を含んだ記事をいくつも握る、
人の頭ほどの大きさしかない何かが張り付いていた。
はっきりした姿こそ見えないが、後ろの花壇の色がいくらか滲むような不自然だけははっきりしていた。
飯田室彦はこれまで様々な技術を研究してきたが、このような存在を見るのは初めてだ。
ひとつだけ、心当たりはあった。
光学迷彩
背後の映像を正面に映す、原理としては単純で既に実用化されているものの、
街中では見るはずがないものだ。
そして小型かつ無人駆動となると、いよいよもって飯田室彦にも未知の技術。

 その思考を見透かすように、未知の技術は窓をわずかに開け、聞き覚えのある声を届ける。
「どうですお父さん、驚いた?」
聞き間違えるはずもない、これは飯田室彦の長女、飯田早苗(いいだ・さなえ)の声だ。
「一緒にすごいのを作りたいってずっと思ってて、でも何度そう言っても、まだ早いだの女の子の憧れるような仕事じゃないだので教えてくれなかったの、ちゃんと覚えてるんだよ」
日本語のわからない宿の親父は困惑しながらも、
飯田室彦の神妙な面持ちを見て静かに見守るにとどめる。
「だからこうして作品で語ろうと思ったの! すごいでしょ! こうして電話しながら探し物だってできるんだよ!」
飯田室彦は黙ったまま、言葉を選んでいる。
続く言葉を先に発したのは飯田早苗だった。
「あれ? マイクの調子が悪いか、乗せ忘れちゃったかな。でも、こんな時のために色々あるもんね」
飯田室彦の後ろで宿の親父が、手話とも異なるジェスチャを窓に向ける。
その頭には同じく透明な何かがしがみつき、長い腕を首に回している。
「驚いた? その人はせっかくだから操り人形になってもらいました! すごいでしょ!」
尊敬する父の気をひくため、両親譲りの観察力と身近に読める技術書でこれほどの成果物を見せたのだ。
しかし。
「その程度か? 我が娘とて、技術関連の話題ならば評価に手加減はないぞ」
普段は聴くことのない声。

「勉強熱心な君ならすでに知っているだろう。今もこうしてポケットに収まっていたこれが今月の新作、セスナ機一体型スマートフォン、略してセスマホだ!」
飯田室彦は画面をひとつふたつと操作すると、
「そんなに僕と話がしたいならば、続きはメキシコ湾上空でしようじゃないか!」
ベランダの窓から飛び立った。
「望むところだ! 私の『マドモワゼル・アンビシフ号』が地上だけではないことも見せたかったんだよ!」
2秒遅れでの声を最後に、小さな窓枠を離れ、宿の親父を離し、2機が合流して飯田室彦を追う。

 頭上を青く染める空、足元を青く染める海、それぞれに白のワンポイントを与える雲と船。
「追いついた!」
不可視の『マドモワゼル・アンビシフ号』だったが、この場ではシルエットがはっきりと見える。「やはり、明るすぎて隠れられないようだな!」
飯田室彦は喜び混じりの声で叫ぶ。
「弱点を露呈させておしまい、ではないでしょう?」
お互い、高速で飛行しながらでは声など届くはずもなく、僅かばかりの音と動きで意思を伝え合う。
「早苗もエンジニアの端くれならば、この状況で何をするべきか、わかっているだろう!」
飯田室彦はポケットに入り込んでいた小さな砂利を『セスマホ』のエンジン背部に放り、その直線上、『マドモワゼル・アンビシフ号』に向かい飛びかかる。
たかが砂利とは言えども、高速で飛来し衝突すれば、その破壊力はただごとではない。
「あっぶない! そっちがその気なら!」
飯田早苗は光学迷彩を解除し、中華鍋でできた体躯をさらけ出す。
はっきりと見えたのも束の間、余ったエネルギーを飛行速度に回し、飯田室彦へと距離を詰め、そして抜き去った。
「へっへん、どうだい‥‥あぁ!?」
注意一秒、怪我一生!
飯田早苗は距離に注力するあまり、安全運転を蔑ろにした!
その欲望が飛行能力へと確実に負担をかけ、ついには墜落への決定的な第一歩を踏み出したのだ!
視界には刻一刻と迫る海面のみ。
海洋汚染に待った無しと諦めたその時、突如として速度が緩やかになった。
「世話のかかるおてんば娘だ」
飯田室彦がしっかりと抱え、しかし『セスマホ』も重さには耐えられず、水上に不時着する。
「お父さん! このままじゃ‥‥」
「僕の『セスマホ』には航行能力もあるから心配ない。早苗も次は航行能力を搭載しておくんだな」
「ありがとう‥ございます」
「僕だって、すごいものを見せてもらった。ありがとう、お土産を期待していいぞ」
「‥‥はい!」
「陸に着いたら後は歩けるか? 僕はコロラドまで空路を使いたいけど」
「きっと大丈夫、光学迷彩はまだ生きてるから見つからないよ」
地球を挟んでなお間近な親子の会話を知るのは、
当人を除いてはメキシコ湾だけだった。

(この物語はフィクションです)

 

「最後になったけど『セスマホ』が普及することはないよ! なぜならば‥‥」
飯田早苗が言いかけたところで、別の声が割り込み、続きを伝える。
「『セスナ』は1927年に創立された『セスナ・エアクラフト・カンパニー』の社名で、軽飛行機の種類とかじゃないよ!
許可もとってないみたいだし、この名前じゃあだめだね」
「澄子(すみこ)! 私がかっこよく言おうとしたのに!」
「あたしだってパパとお喋りしたいもん! 出番だって!」

(セスナ社については、wikipediaで調べたのでフィクションではないです)