にんにくガーリック

元気に小説を書きます。水曜日のお昼ごろ更新の予定。このブログの内容は、特別な記載がない限りフィクションです。

【百合を書きたくなった】one day

 

1
 久美の近くで見守りたい。今日のテニス部活動を見学とし、確信がさらに成長した。
普段の私に代わって久美を気にかける坂塚先生に、怒りには満たぬも平静を超えて血圧が唸る。今年のテニス部は教師陣も含めて女性だけの空間故か、遠慮を控えた交流が目立つが、久美に向ける坂塚先生の顔は、際立って趣に富んでいた。知っている顔だ。あまり見たくはないな。

 解散の時間になると全員がコートを追い出され更衣室に、私は飲み物を求め売店に向かった。
冷蔵庫の右端からボトルを見ないまま取り、教室に向かいながら封を切る。
情感と混ざるように溶け出す甘み。今日手にしたのは、乙女座のラッキーアイテム、バナナ牛乳だった。

 

2
 校門を出るころにはもう、セミの声が他の虫に押されていた。
「前に言ってた居酒屋バイトって今日からだっけ」
敷地を出ると、アルバイトの話題が目こぼしされる。
「そう! 今日はちょっと教えてもらって、賄いを食べてとかだけ」
聞きながら飲みかけのボトルを出す。
「あ! 新発売のやつじゃん! ちょこっと飲ませて」
不意の言葉にむせそうになる。それって間接、でも久美は特に気にしないだけ、よく知ってる、だから私も気にしないで、まずは右手に持ち替えて。
「自分で買おうとは思ったけど、今日はもう売り切れちゃってて」
動揺からか、都合よく、言い訳じみて聞こえる、落ち着いて、ボトルを渡すだけでいい、手を伸ばそう、ぎこちなくならないよう、自然に、自然に。
「ありがと! ‥‥おいしい」
何の気なしに言うが、こちらの顔は大火事なのだ。
「おかげで元気出たよ! これで、よし、行くね。初日から遅刻はしたくないし」
返事も待たず駆け出し、すぐに曲がって見えなくなった。
立ち去ったあと、ボトルに口をつける。飲むふりをして、溝の奥まで舌で探る。
倒錯的、閑静な道でよかった、もう少しだけ、この時に。
「白戸桂子さん」
背後から、よく知る声が届いた。
部員をフルネームで呼ぶ、体育系の声。

 

3
 教え子の大変な現場に出会ってしまった。
「白戸桂子さん」
衝き動かされるように声をかけ、返事を待ちながら考えをまとめる。
受け取ったボトルに口をつけてから長く、ただ飲むには深く、咥えるように。
よく知ってる。人だけじゃない、行為も、込める感情も。

「‥‥坂塚先生」
焦りを顔に出し、向き直る。鏡を見ているようで、こちらもますます耳に熱を帯び、次の言葉を選ぶ。
「ライバル、と思っていいのかしら」
言い終えてから、言葉の未熟に気づく。何のことかと聞き返して、そうしたらこの会話は、
「‥‥はい」
首も縦によく動かすほど、はっきり伝わった、ということは、
どうしようか、誤魔化すにはもう、ならここはお腹を括って、
「パフェを食べながら語り合いましょう!」
強く言い出した。


4
 坂塚先生の話はわずか二言ながら、動揺を上書きするに充分なものだった。
「ハフェを食べなあら語り合いましょう」
と、いくらか震えた声で、突飛な提案。
「坂塚先生、ええと、突然すぎてよく飲み込めないのですが」
と言うと坂塚先生は控えめな深呼吸を挟んで、
「お互いライバルってわかってるなら、足を引っ張りあって自滅するよりも、語り合ったほうが楽しそう。そうでしょう?」
「ええ、まあ、確かに」
「よかった、それじゃあ行きましょう。近くに行ってみたいお店があるの」

 歩いていると私のポケットから、『魔笛』の一節が聞こえる。
「失礼、久美からのメールが」
「へえ、見る前から分かるの」
「久美用の着信音だけ、音をひとつ多くしてるんです。知っていれば見落としにくいように」

本文も開く前、タイトルを見て絶句する。
『意中の彼と両想いでした!』


5
 突然立ち止まり、坂塚先生も止めさせてしまった。駆け寄る音を聞いて、会話を始めなおす。
「このメールを私にって、気づいてて諦めさせるつもりなんじゃ」
電話の画面を見せる。スクロールの音だけが読んでいる途中と伝え、やがて口を開いた。
「間宮久美さんはきっと、一番に喜びを共有したいんじゃないかな。 本文を読む限り、そういう言葉に見えるよ」
電話を受け取り、私も本文を読む。
読みながら、
「坂塚先生は、久美のどんな所に惹かれて?」
ふと気になり、口から出る。先生は少し考えてから語り始めた。
「気持ちがすぐ態度や仕草に出る、素直さが最初かな」
すぐに言い足す。「それにメールにも」
「あと感受性が豊か、っていうかな。察しがいいんだ。少しの兆候を見つけては、理由を感じ取ったり、できることを探してる」
画面を文頭に戻し、見たままで考える。

一番に共有したい、それを二番目に読むことを小さく悔いて、しかしそれでも、先入観を持っても、私には文章からでは察せない。
久美と坂塚先生には、どこか近いものを感じる。
私にはまるで分からない部分を、すぐに読み取り使いこなす。
「あと話を聞くときの相槌がね、タイミングがよくて、喋りやすくしてくれるんだ」
話しながら歩いて、交差点の信号が青に変わろうとする時、
「白戸桂子さん、戻ってパフェを食べに行きましょう!」
歩く目的を思い出し、飲食店街を通り過ぎていたことにも気づく。返事も待たず坂塚先生は言葉を続ける。
「相槌のおかげで話しやすくて、もっと話したくなっちゃった」
「えっ、相槌?」
「ずっと、無意識にうってたの? そういうとこ、間宮久美さんと似てるなって思ってたけど」
まったく記憶にないことだが、身近な人と、首の疲れはしっかりと覚えていた。

 

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登場人物名簿
間宮 久美 Mamiya Kumi
一般女学生。17歳。テニス部。9月15日生。
白戸 桂子 Shiroto Keiko
一般女学生。18歳。テニス部。5月19日生。
坂塚 遥 Sakatsuka Haruka
一般非常勤講師。23歳。テニス部顧問。8月24日生。