にんにくガーリック

元気に小説を書きます。水曜日のお昼ごろ更新の予定。このブログの内容は、特別な記載がない限りフィクションです。

来週の予告

あらすじ

 一頭の異形の怪物が現れた。

 世界各地を無差別に訪れ、歩いて建物を破壊し、半日程度で霧のように消えてゆく。会話を試みるような素ぶりがあるが、その言葉は誰にも理解できず、辛うじて聞き取られた鳴き声からザリーシャと呼ばれるようになった。

 やがて特殊部隊の駐屯地が各地に配備された。宇宙人とも噂されるザリーシャに対抗するべく、普段はホームセンターや児童館として運用し、万が一に備えた地下シェルターを平時には武器庫としている。有効な武器は限られるため、回収した破片を研究し、特殊な弾丸や剣を作っていた。敵は人間よりはるかに大きいが、爪楊枝のような剣でも何故か猛烈に嫌がるようだ。

 二十年が過ぎ、特殊な超能力と関連することがわかった。

 集められたザリーシャの破片を研究する過程で、鋭い破片が刺さり、体内に入り込む事故があった。悪影響を懸念されたが、意外にも彼らの全員が不可思議な力を身につけたと報告された。宙を舞うように高くゆっくりとした跳躍力を得たもの、触れたものに念を送るだけで破壊するもの。

 彼らと親しい投資家の協力もあり、南海の無人島に研究室を兼ねた学園が建造された。扱いかたを学び、能力を得る。帰りは海の上を滑るように飛んで戻ると言われ、初めての卒業者たちが実際にそれを見せたことから、懐疑派も信用せざるを得なかった。

 さらに十年が過ぎ、出身者の中にも生活に困窮し、非行に走るものが現れた。

「相手が能力者とあっては一般人には危険だ。そのために他の能力者たちは協力する」

ごく短い声明がすぐに発表され、実際の被害は彼らの活躍により小さく収まった。

 


能力者たちの活躍が日常を彩る物語、

その裏に隠された学長の狡猾な計画とは‥‥。

次週『ヒーロー・スクール』

ますます冷え込む季節、御身の温もりを確保しながらご期待ください。

『懺悔の螺旋階段』

 林の奥にある塔の噂を耳に挟んだ。石と木
と少しの鉄でできた塔の中には螺旋階段だけ
があり、窓のない暗闇が高くまで伸びるとい
う。中は夏でも涼しく、冬でも暖かく、まる
で別世界のようだと言われていた。
 何のために建てられたのかは全くわからな
い。流れる噂によると、何代も過去の地主が
建てたらしい。やがて先代の学長の私有地と
なり、大学を建てても余った場所のため、そ
のままになっているそうだ。
 当然ながら誰かがいるわけではない。新し
く設置されてセキュリティカメラの映像には、
出入りする人は映らなかった。荷物を持たず
に出入りする学生や教授を除いて。
 塔の中で心に刺さった行いを語ると不思議
と楽になれると噂が広まり、吐露する場にな
っていった。幽霊やそれに類するオカルトを
信じても信じなくても、言葉にすることに意
味があるのだろう。

---

 誰がいるのか、誰もいないのかもしれない。
それでもひとつ懺悔をさせてくれ。あれは十
五年前、僕が小学生のころだ。あの日も今日
と同じように蝉の声が遠くからばかり聞こえ
てくる暑い日だった。夏休みが始まって、何
をしようかわくわくしていた。
 その年は昼間から枕投げをした。漫画で読
んで、しかし実際にはやったことがないので、
やってみたかったんだ。友達の家を回り、イ
ンターホンを鳴らした。遊ぼうぜと言って出
てきたところに持ってきた枕を投げつける。
なんだよーと笑いあってから部屋に上がって
ゲームをしたり、プラモデルを戦わせたりし
た。翌日も別の友達に同じようにやった。笑
いあって、それから遊んだんだ。
 三日目のことだ。山本浩の家に行って、同
じ枕を同じように投げつけた。顔の近くに当
たり、そのまま腕に抱えたのも同じだ。浩は
枕を投げ返した。そして叫んだんだ。今日は
帰ってくれって。今までふざけあっていたか
ら大丈夫な加減と思ったけど、こんなのは初
めてで、特別に悪いことをしたんだなって思
った。ごめんって叫びかえして、すぐに帰っ
た。別の日にもっとちゃんと謝ろうと思った。

 だけど別の日はなかった。その時は考えた
こともなかったけど、枕がそば殻で、浩はそ
ばアレルギーだったんだ。死んだって突然聞
かされたときは事故にでも巻き込まれたんだ
と思ったし、もし事件なら犯人を絶対許さな
いって思った。そして犯人は僕だったんだ。
 浩の両親は落ち着いた声で「君はアレルギー
のことを知らなかったし今まで知りようもな
かったのだから、行動については仕方ない。
何気ない行動が予想外の結果になることを知
ってくれたから、同じことはもう起こらない。
君に頼むのはそれだけでいいさ」そう慰める
みたいに言ってくれた。僕よりもずっと辛い
はずなのに、こんな時でも落ち着いてて、本
当にすごい家族だった。
 だからといって結果は、無情にも奪ってし
まったその結果は覆らない。水泳教室の帰り
に浩の家の近くを通ると、いつもピアノの音
が聞こえていた。浩の姉が弾いていたんだ。
始めてそれを知った日に「いつも帰り道で楽
しみにしてます」と言ったら、それから帰り
道にぴったりな曲を探して弾いてくれた。今
日はどんな曲だろうと楽しみにもしていた。
 あの日からピアノの音は無くなって、静か
な帰り道はこんなに寂しいものだと知った。
姉の歳はそれほど離れていないので、やはり
衝撃は大きかったのだろう。何日もあけて久
しぶりに聴いたときの曲はよく覚えている。
長い時間をかけてゆっくりと続く、悲しげな
旋律だった。
 そして決意したんだ。せめて気づけなかっ
たことを学んで、広く伝えるため、気づくき
っかけを作るために活動する。同じことを繰
り返さないために。

---

 どこからか啜り泣くような、あるいは嘲笑
うような声が聞こえてきた。この場にいるの
は自分だけだと思っていたので驚き、同時に
顔が熱くなった。
「誰かいるのか?」
返事はなかった。しかし声が届いたとわかっ
た。声が止まったのだ。
「聞こえただろう? 誰なんだ」
「あなたこそ、聞こえたの?」
「何者なんだ?」
「何者って言われると」少し間を開けて「見
ての通り、建造物だよ」
理解が追いつかなかった。
「私の声を聞いてくれる人はずーっと来なか
ったんだよ。ひどいよね? 好き勝手に喋っ
ていくくせにさ」
「さっきの声は笑ったのか?」
「君たちの文化で言うと、寝起きの伸びみた
いなもんだよ」
声は四方から囲むように聞こえていた。柱か
ら、そして壁から。反響とも違って感じた。

「それでさ、謝りにきたの?」
「なんの話だ」
「さっき言ってたじゃない。ちゃんと謝る日
が来なかったって」
「‥‥できるって言うのか」
「どうだろうね。そのために建てたそうだけ
ど」
「死者と会話なんて、どんな仕組みなんだ」
「会話じゃなくて一方通行ね。それと、届い
たかどうかは死んでからのお楽しみ」
「確認できないってことか」
「そうだね。私にもできないからね」

 しばしの沈黙が流れた。黙ったら向こうも
黙った。信用するには不可解すぎる。死人に
口なしと言うし、確認できないのをいいこと
に、出鱈目なことを言っているとも考えた。
しかし近くに誰か人がいるとは思えない。声
は近くから、それでいて反対の遠くからも聞
こえてきた。こんな不可解なことが起こりう
るなら、もしかしたら。手探りで確認しよう
と手を伸ばした。中央の柱が震えたように感
じた。連動するように新たな声が聞こえてき
た。
「あなた、辻村健太じゃない?」
「辻村だけど、健太じゃないよ」
「そうなの。お父さんは健太?」
「違うよ。その上も違う」
「ひいおじいさんは?」
「そこからは知らないな。何があるんだ?」
「懐かしい気がして」

 辻村武志は何か自分と繋がりがあるのだと
察知した。他の誰にも聞こえなかったと言っ
ていたので、血統だとか、遺伝性の理由があ
るように推察した。
「おっと、今日はここまでにしたほうがいい
かな。急いで行っといれ」
 見透かされている気がした。言われた通り、
下半身の催しを感じていた。水を飲みすぎた
とは思わなかったが、塔の中の環境は汗が気
にならなかったし、時間の感覚にも影響した
かもしれない。体感した以上に時間が経って
いたようだ。まだ大丈夫とは思ったが、もち
ろん塔の中で出すわけにはいかないので、長
い螺旋階段を静かに駆け下りた。降りながら
探ればよかったと少しだけ悔やんだ。
 外の光が届いた。空は赤くなり、虫の声は
蝉から鈴虫に変わっていた。
 見覚えのある顔とすれ違った。近くの部屋
から出る姿を見た程度の、おそらく教授だろ
うなといった男だ。浅く会釈を交わし、それ
以上には互いに何も言わず立ち去った。

---

 今は教授などと名乗っているが、本当はこ
の場に相応しくないと思っている。
 あの頃は音楽教室を受け持っていた。熱心
な教え子に恵まれ、時には私物の楽器を貸し
たりもしていた。次の週に感想を聞いたり、
一週間で身につけた演奏を聴かせてもらった。
さらに次の週はますます整った旋律に舌を巻
くこともあった。
 中でも一際の輝きを見せた少女がいた。彼
女の弾くピアノは音はもちろん、指遣いに特
徴があった。指のそれぞれが細く長く、滑ら
かな肌をしていた。その美しい指が踊るよう
に白と黒の鍵盤を走り回る。やがて大きな舞
台に立ってほしいと思っていた。
 ある日のことだ。彼女の母と弟が買い物つ
いでに迎えに来た。いくらかの談笑をしなが
ら教室を出るそのとき、弟くんは初めての重
い扉に勝手を誤ったようで、彼女の指を強く
挟みこんだ。あらぬ方向に曲がった指は赤く
染まっていた。救急車を呼ぶが、すぐ近くだ
から病院まで歩くと聞こえ、それ以上は何も
できず立ち尽くしていた。頭の中は美しい指
のことでいっぱいだった。
 その日のうちに電話を受けて数日の入院で
済むと聞いたが、しばらくはピアノを弾くこ
とができないそうで、大事をとって半年ほど
休んだ。次に会ったときには指の一本が不自
然に曲がっていた。これは治るものではない
らしい。
 私は憤った。今にして思えば部外者の妄想
であるが、当時の私は持つべき怒りだと信じ
ていた。面談のときから弟くんが蕎麦アレル
ギーと知っていたので、楽器を貸すときに使
うケースに緩衝材としてそば殻を仕込み、理
由をかこつけて持たせようとした。
 そしてその時がやってきた。彼女のほうか
オーボエを貸してほしいと頼まれたのだ。
 返された日の彼女は表情がいくらか翳って
いた。それとなく話を聞くと、弟が亡くなっ
たと呟いた。神妙な顔と声で励ますように場
を繕った。
 大きな話題にもならず、捜査の協力要請も
なく、これまで何事もなく生きてきた。きっ
と誰にも知られていないのだろう。誰もが何
気なく話題を振り、思い出させる。アレルギー
の話題が耳に届くたびに胸を刺されるように
痛んだ。講義にすぐ近くの部屋を使うため、
不意に届くことさえある。
 今になって、恥じているのだ。落ち着いて
から考えると、これは泣きっ面に蜂ではない
か。大変なことをしてしまった。何よりも、
これが正しいと信じきっていたことが許せな
かった。

 教授は言い終えると、ゆっくりと段を降り
ていった。入った時よりも風の音が強くなっ
たような気がした。

---

 武志は再び塔に踏み込んだ。声の主の話を
元に家計について調べてきた。
 健太とは武志から見て祖母の父親だった。

「聞こえるか。健太って名前をどこで聞いた
のか教えてくれ」
「やあ、来たね。君が来る前の最後に話をし
た人から、もうすぐ産まれるって聞いた名前
が健太だよ。それから声が届かない人ばっか
りがたくさん来て、そしてようやく君が来た。
やっぱり君はご子息のようだね」
「ということは、健太の父親か母親かがこの
塔を?」
「そう、その母親だ。そんなに時間が流れて
たようだね」

 どんな仕組みで建物との会話ができるのか
全く検討がつかなかった。音を出す仕組み自
体は石が擦れているのだと思った。消去法で、
音を出せるものは石しかなかった。調べられ
た範囲にはそういった技術の話はなかった。
機械に詳しい友人に訊いても思い当たらなか
った。
 疑問をかき消すように話題を振られた。
「ところで、他の人たちはすっきりして帰る
ようだけど。君はどうだい」
「どうって言われてもな。僕はまだ来たばっ
かりで、何もしていない。もっと学んで、卒
業して、活動して。それでもすっきりする日
は来ないだろうな」
「やっぱり珍しいよ。君みたいな熱心なのは
初めてだ。みんな言ったらおしまいみたいだ
ったよ」

 これを聞いて武志は決意を固めた。踵を返
し「ここにはもう来ない」と伝えた。決して
吐露して終わりではない。過去の行動は消え
ない。自分を慰めて終わりではいけない。
 そして、再びここに来たら引き込まれそう
になるかもしれない。短く別れの挨拶をして
外へ出た。

---

 久しぶりにこの学び舎に立ち寄った。この
塔の噂は聞いていたが、世話になるのは初め
てだ。
 中学三年生の春、松浦ケイと出会った。元
気な新入生で、すぐに音楽部の仲間になった。
大怪我をしたときも彼女が毎日お見舞いに来
てくれたおかげで続けられた。家まで見舞い
に来てくれたのは彼女だけだ。そのときに弟
とも打ち解け、それからも自分と弟とケイの
三人で一緒に遊ぶことが多くなった。ちょう
ど二歳ずつ違いのため、話題の橋渡しにもな
ってくれた。

 卒業を控えた日、好きな子っている? と
訊いてみた。二人いるのでと恥じらっていた
が、気にすることじゃないから、多いのはい
いことだからと押してみた。
 答えは明子と浩くん。姉弟を共に好かれて
いて、幸運にも私もケイを好いている。そし
て浩も。
 しかし私は三角関係なんてお断りだ。ケイ
にはもっと私を見ていてほしい。その邪魔は
されたくない。二人にお互いを諦めさせるか、
浩がいなくなってほしかった。弟だからとい
って恋敵になるならば加減はない。
 計画にひとつの案が浮かんだ。通っていた
音楽教室の先生から楽器を貸してもらった。
オーボエの入った箱から感じた匂いはそばの
ものだと確信した。頼み込んでこれを借り、
確実に触れられるよう空になった箱を玄関の
隅に置いた。借り物は忘れないように玄関に
置く習慣があって助かった。あとはなに食わ
ぬ顔をしておく。助けを求めるだろうから、
気づかないでいられるよう、防音室でオーボ
エを吹いた。窓からわずかに入る音をオーボ
エでかき消したのだ。
 さらに偶然が重なった。浩の友人が夏休み
でふざけたがり、枕を投げているという。そ
の枕もそば殻だったようで、より確実に仕留
められる結果となった。

 それから何日かはケイと共にハグを求めあ
った。お互い同じ気持ちなので不自然なほど
求めすぎることはなかった。
 遺品や心の整理をするごとに過去を乗り越
えていった。思い出せないように、三個組の
品を処分し、最後のマグカップひとつだけを
残した。一番のお気に入りだったので自然に

そうできた。
 そして人知れず永遠を誓い合った。しっと
りした音色で長い新生活を祝った。
 時は流れて今、あとは最後のひとつを始末
するだけになった。偶然を装ってマグカップ
を落とし、割った。
 これが間違いだった。私の思っていた以上
にケイは思い出を大切にしていた。浩のこと
をすっかり忘れてはいなかった。最後の思い
出の品を失って、そのショックで寝込んでし
まって、起き出す体力は一日にほんの少しだ
けになった。
 ごめんね、ケイ。私一人では足りなくて。
必ず一人で充分になれるようにするから。