にんにくガーリック

元気に小説を書きます。水曜日のお昼ごろ更新の予定。このブログの内容は、特別な記載がない限りフィクションです。

2306字『危ないオバサン』

『危ないオバサン』


 今月もバーゲン・セールが始まった。
埼玉デパートが誇る世界最大の駐車場都市はワゴン車で埋め尽くされ、
各地から集まったオバサンが睨み合っている。
今年はデパート側も想定外の、
熱線による無差別爆撃がある。
これを生き残るため、
本来は敵同士のオバサンが一時休戦する様子は、
異例の再放送が行われるほど好評だ。
動画サイトも賑わい、マニアの間ではスパイク無しホイールが注目されている。

 その頃、飯能駅ではオバサン対策部隊が集まっていた。
各地から生え抜きが一堂に会し、デパートから転がってくるバウンディング・オバサンを撃退するのだ。
その素性は謎に包まれ、わかっていることは
『全身弾力性で、バーゲンの日に転がってくる』だけだ。

 デパート戦記の裏番組に、
飯能駅の復興ドキュメンタリーがあった。
毎月の工夫で装甲を厚くしたり、受け流したりとしているが、
バウンディング・オバサンが上回って破壊する、
ディザスタームービーと化してしまった。
成功した計画といえば、ダイヤが乱れないことだけだ。
これでは視聴率は1%にも満たない。
来月こそバウンディング・オバサンに勝つ。
毎月の決まり文句だった。

 ついにバウンディング・オバサンがやってきた。
例月どおり道を塞ぐ建物を巻き込み、大きくなってゆく。
計算によると、飯能駅に到着する頃には、
全長20メートル・重量52トンとなる。

新入隊員・坂戸市のロマンチストは目を輝かせた。
「1人の人間がこれほど巨大になれる、神秘なものだ」

総隊長・飯能市の御曹司は、人一倍の気合を入れた。
「27代目飯能駅はやらせはせん!」

新入隊員・草加市のライダーは、
バウンディング・オバサンの恐怖を甘く見ていた。
「こんなに巨大なんて‥‥!」

指揮官・与野市エジソンは、
各地に配備しておいた砲台を想った。
「まもなく射線の交点に入る。頼むぞ我が子たち──」

砲撃手・川越市の流星群は、
ボタンひとつで砲台を動かした。
散弾が、ナパーム弾が、スラッグ弾が、強力な5.56×45mmNATO弾が、
バウンディング・オバサンへと殺到する。
「崩れました! 今です!」

現場監督・大宮市のフィールドマーシャルは、亡き妹を思い出した。
成人式の直後にバウンディング・オバサンに轢かれたのだ。
「今日で最後だ。」
埼玉県一帯が輝き、バウンディング・オバサンへと集中した。
国民総生産力GDPを応用した埼玉兵器を起動したのだ。
光はやがて埼玉の地表を離れ、
球体にまとわりついた。
そして収束と同時にバウンディング・オバサンは崩れ去った。

「やったぞ!
バウンディング・オバサンの弾力に埼玉県は勝ったんだ!
これで今週の視聴率30%は固いぞ!」

飯能駅歓喜に包まれた。
車内放送をすると乗客の歓喜の声も届いてきた。
「妻の無念を晴らせました」
「うちも父はこれで浮かばれます」

 飯能駅を離れ郊外に散らばった破片を、
清掃員・坂戸市のスイーパーが集めていた。
ぴくり。
坂戸市を裏で統べるスイーパーは目敏い。
察知したわずかな兆候を元に、本部に連絡した。

 あろうことか破片が再び動き出した。
集まり混ざり合い、
5個のバウンディング・ベイビーとして再び回転の息吹をあげた。

 飯能駅に再び緊張が戻った。
隊長・飯能市の御曹司の顔色が変わった。
「今日は第3火曜日、つまり飯能が誇る大料亭、山の茶屋の定休日じゃないか!
サイタマ・ソウル不足が機能不全を誘発し──」

観測手・浦和市ガリレイは至極真っ当な意見を叫んだ。
「たった一軒で!?
余剰0の綱渡りだったのですか!?」

隊長・飯能市の御曹司はいつになく取り乱した言葉を吐いた。
「バカヤロウ! あの鮎の塩焼きは絶品だぞ!
コックさんが裏手の川で釣って直ぐのピチピチ鮎だぞ!
その影響が想定外に広がっていたのだ!
今にして思えば、埼玉中に熱心なファンがいることを想定するべきだった‥‥。
後悔は後にして、今この場を対処するんだ!
今回ばかりは飯能駅の28代目を建てるだけでは済まんぞ」

観測手・浦和市ガリレイはもちろん把握していた。
「でしょうね。バウディング・ベイビーは20代前半の女性を中心に狙っている。
日本を滅ぼすのに最も効率がいい」
そして無線を取った。

 浦和市、大宮市、与野市が現場に向かった。
バウンディング・ベイビーは吸収・統合を繰り返し、
1体の巨体となっていた。
先のオバサンほどではないが、
手近な平屋を玉座にし、充分な圧倒感を纏っていた。

 三角形に囲み、特殊なフィールドで捕えた。
浦和・大宮・与野も飛び込み、合体し、
埼玉県の代表・さいたま市の希望号となった。
「これで対等、ここからは真剣勝負だ!」

バウンディング・オバサンの口が開いた。
「ようやく現れたな。それでこそ転がり続けた甲斐があったというもの」

 フィールド内部と外は完全に隔離され、
飯能駅からは祈るほかなかった。
空間はおろか時間も隔離されるので、
側から見れば一瞬でさいたま市の希望号が勝利したように見える。
さいたま市の希望号は中での出来事を決して語らず、
中では5億年を過ごしているのではと噂されている。

 かくしてバウンディング・オバサンは完全に駆除された。
解析の結果によるとオバサンに擬態した新型生物兵器のようだった。
人間の姿をして、天下の往来を歩けば、
それはどこよりも目立たない。
考えたな。

 束の間の喜びに包まれる飯能駅軍を尻目に、
新たなるのオバサンが目覚めるのだった。
第1話 おわり

『続 働かざるもの食うべからず』

『続 働かざるもの食うべからず』

前回
http://tamanegionion.hatenablog.jp/entry/2018/08/03/135836

 ムカデ人間の社長・月宮巳甘は歩きながら物思いに耽っていた。
社員を取り巻く状況はすでに順調で、
ここからさらに上を目指すには。
散歩コースからひとつ隣の道に、
傷んだ建物を見た。

つる植物が活発に窓を覆っている。
いいことを思いついた。


 街角にある小さなアパートに向かった。
「やあ、元気かな」
巳甘の特徴的な多数の腕を使い、
窓から入り、太ったおじいさんに跨った。
押しつける肉体の感覚に、じじいの全身は固く強張っていった。
「君は熱心なクレームを多方面に送っているそうだね。
家電業界を狙っているみたいだけど、
何か恨みでもあるのかな?」
返事を1秒だけ待った。飽きてしまった。
「まあどっちでもいいや。いただきます」

巳甘は前回の反省を踏まえて、
最初に声帯を切ることにした。
後ろの腕で済ませると、やはり足から食べ始めた。
ジジイは腕で床を、太ももを叩こうとするが、
巳甘はムカデ人間なので、抑える腕は十分だった。

 そのまま腕を、そして臓物を食べ、
頭まで食べ終えた。
「ごちそうさまでした」
食事の後片付けも楽に済んだので、
窓から外に出た。
家のことを思い、家主に代わって鍵も閉めた。

 取引の相手となる企業では従業員の健康状態がよくなっていた。
気持ちよく新たな顧客を獲得し、
無事に業績の右肩を上げた。
鳴かず飛ばずだった事業を一転させた敏腕社長と有名になり、社員たちも鼻が高い。
高給かつ負担の小さな職場との評判も広まり、
大量の社員たちが交代で休暇を取る、
理想的なサイクルを形成していった。

「おやつの時間だよー!」
新社長がケーキの箱を持ってはしゃぎながら現れた。
もちろん社員の全員分、
各人の嗜好に合わせて乳製品や植物性のものばかりだ。
アレルギー対策に容れ物を別け、細かな配慮を徹底している。

いいムカデ人間が活躍するいい時代に産まれたことを、
誰もが誇り、受け継いで行こうと決めた。